出版社内容情報
人々を政治的・社会的・文化的に統合し均質化する近代の国民国家は、非合理な他者の一つとして〈怪異〉を排除した。だが〈怪異〉はそのような近代社会と緊張関係をはらみながら様々に表象され、ナショナリズムにときに対抗し、ときに加担してきた。
戦前・戦後の文学作品、怪談、史跡、天皇制、二・二六事件、マルクス主義と陰謀論、オカルトブーム――〈怪異〉にまつわる戦前・戦後の小説や史料、事件、社会的な現象を取り上げて、「戦争」「政治」「モダニズム」という3つの視点からナショナリズムとの関係性を読み解く。
〈怪異〉とナショナリズムが乱反射しながら共存した近代日本の時代性を浮き彫りにして、両者の奇妙な関係を多面的に照らし出す。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
HANA
72
戦前のナショナリズムというとセピア色の写真を思わせるものがあるが、その有様はどこか怪談と相性がいいように思っていた。本書はその時代の怪異をナショナリズムという観点から読み解いていく一冊。論じられている内容も鏡花に三島由紀夫に二・二六事件、共同墓地、ムーといずれも興味深いものばかり。個人的に好きなのは二・二六事件の将校と土俗、「英霊の聲」を解説した部分とムーと天皇制が読み応えありすぎ。ただ好きなテーマだけど前知識が必要で難解なのもあったし。とあれあの時代を怪異という観点から振り返った本書、面白かったです。2021/12/24
Toska
17
ナショナリズムの時代に誕生した近代国家は、怪異を「迷信」と断じて抑圧する反面、民族の「神話」として利用する場合もある。そのような背景を考慮に入れると、怪異とナショナリズムの関係を論ずるのも納得できるし、優れた目のつけどころと思う。ただ、「怪異」の範囲をかなり広く取っているため、中には単なる文学評論としか感じられない論考もあり(泉鏡花・三島由紀夫論など)。この辺りは好みが分かれるかもしれない。2025/03/10
∃.狂茶党
10
天皇を親とし、国家を家族とするシステムは、全てのつながり、絆を謳う。 226の思想的後ろ盾である北一輝は、祖霊に加わり、霊界通信を誓って刑に処される。 天皇という超越者の血族として、自身もまた選ばれしものだと補強していく、瞞着。 本書では左の陰謀論者太田竜が、天皇制に絡め取られていく様子も検討され、これらの動きは、キリスト教という一神教との接触、中華という巨大な帝国と接してきたことが、背景にあるのではないかと思われる。 つまりは庇護を求めつつ虚勢を張る幼稚さ。 「国葬」の前日に記す。2022/09/26
qoop
9
超常的なものを要請して自派/自国の正当性を補強し、他者/他国への無理解を不気味さの中に閉じ込める。都合よく怪異を使役しようとしながらも、枠から外れていく怪異の在り方が見え隠れする辻褄合わせへの興味深さを感じさせる一冊。そうした論旨のわかり易い一作を挙げるなら、乾英治郎〈出征する〈異類〉と〈異端〉のナショナリズム〉だろうか。勝ち戦では意気軒昂に活躍する異類たちが、敗戦では限定的な超常能力しか揮えない様子を論じていて、ある意味微笑ましくもある。2022/07/17
佐倉
8
図書館本。怪異とナショナリズム……つまり近現代的な国民国家の意識が既存の怪異にどのような影響をもたらしたか、あるいはどのような怪異を生み出したかをそれぞれが論じていく。226事件の首謀者たちの中にあった霊術家への傾倒、戦後天皇に失望した作家たち(三島や中井英夫)がいかに怨霊を生み出したか、佐藤春夫の台湾小説に見る植民地主義が否定した怪異と新たに生み出した怪異、月刊ムーが天皇(ナショナリズム)をいかに取り上げてきたか、等々。三島は虚を実に読み替えようとした……という中井英夫の三島評が妙に心に残る。2022/06/24