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内容説明
昭和四十四年十二月、至文堂から刊行された本書は、「国文学解釈と鑑賞」の昭和四十二年四月号から二十六回に亘って連載された稿を一本としたものである。大阪高校の級友たちと始めた同人誌の後身ともいうべき「コギト」に拠って、本格的な執筆活動を開始した保田は、昭和十年に至って中谷孝雄、亀井勝一郎らとともに「日本浪曼派」を創刊する。同誌は後に佐藤春夫、萩原朔太郎、伊東静雄、太宰治なども参加するに及んで一大文学運動の観すら呈した。本書は戦争を挟んで三十年後に、当時の交友や文学者の消息、文学界の事情などを回想した書である。併し単なる文学史の資料や時代の証言の類とは趣きを異にし、自らのめざした文芸の質を振り返って確認しようとした確信的なメモアールと云うべきであろう。
目次
一つの文学時代
「コギト」の周辺
日本浪曼派の気質
近代終焉の思想
日本的の論
わが「日本文学」
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
双海(ふたみ)
14
大阪高校の級友たちと始めた同人誌の後身ともいうべき「コギト」に拠って、本格的な執筆活動を開始した保田は、昭和十年に至って中谷孝雄、亀井勝一郎らとともに「日本浪曼派」を創刊する。同誌は後に佐藤春夫、萩原朔太郎、伊東静雄、太宰治なども参加するに及んで一大文学運動の観すら呈した。本書は戦争を挟んで三十年後に、当時の交友や文学者の消息、文学界の事情などを回想した書である。(カバーより)2014/06/14
ダイキ
4
(1/4)戰後の保田の文章は「ふぬけた」といふ者をたまに見かける。しかし私はふぬけた等とは一度も思つた事が無い。むしろこれこそが、保田が言つてゐた「かむながらの文學」かと、驚嘆させられるものばかりである。ふぬけたといふのはつまり戰前のものと比べて、情熱的でないと言ひたいのであらう。確かに戰後の保田の文章には、戰前程の情熱が感じられない。しかしそこには間違ひなく變らない情熱が秘められてゐるし、そして何といつても、美しい。私は戰後はふぬけたと評する者達に、私の敬愛するジヨン・レノンを、晩年は牙が拔けてロツク2015/01/04
0
雑誌連載の性質上なのか(それとも、保田の文章がそもそも……)あっちこっち脱線しまくるし、何回同じ話してるやねん、と思うほど、だらだらと独特なグルーヴを持って反復されて、最後にはなんか面白くなってしまいましたよ。早い話が、徹底的に意味内容を骨抜きにしてゆくイロニー=「空無」の実践と聞こえはいいが、例えば、伊東静雄が敗戦を「自然」の消滅という形で徹底的に打ち砕かれたのは対照的に、保田が何食わぬ顔で持ちこたえることが出来たのは、「詩人」と「批評家」の「図太さ」の違いなんだろうなあ。散文的な、あまりに散文的な人。2022/11/03
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