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内容説明
「文明開化の論理の終焉について」「アジアの廃墟」を含む二十六篇を収載した本書は、昭和十四年初から十五年の前半にかけての文章をまとめたものである。刊行にふれた一文で著者は本書の性格を「主に我国の当面している文芸と文明の問題についての主張を述べた(中略)、文学作品集といふよりも、むしろ私の訴へたいものをかいた一般的な評論集」とし、「それだけ自分の作品としては文学的に完全ではないかもしれない」と述べている。保田の言う「文学の立場」とは、旧来の教養や文化概念に拠る人たちが政治に対する文学の純粋性・独立性を主張する類の言説とは質を異にし、日本の歴史に対する祈念=詩心が体制に与えるインパクトを信じる立場とも言うべきものである。政治的な状況を考えれば、著者の断念と信念が交錯した時代の書といっていいかもしれない。
目次
文明開花の論理の終焉について
文学的感傷の喪失
事変と文学
青年の楽天的傾向について
永遠遠大な文芸について
思想と娯楽
現代美文論
工芸について
モニユメンタールについて
市井の文章〔ほか〕
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
双海(ふたみ)
13
昭和十四年初から十五年の前半にかけての文章をまとめたもの。「知性を防塞にしたやうに、今や人々は、日本主義と國策順應を、防塞としてゐる。それが文學者や思想家の要人たちの「生き方」である。私はこの「生き方」を大へんなさけないと思ふのである。」「我らが日本の立場は、國策文學も開拓文學も不要であつて、眞に千古に生き、千古の生命を共につたへる一人のあはれつぽいやうな詩人の存在することでよい。」2014/04/04
1
井口時男も解説で言っているが、保田與重郎の「批評」は厳密には「批評」ではなくて、「批評」としての遅れを欠いた「詩」の絶叫に近い。金太郎飴的な繰り返しと、修辞を凝らした目眩くアジテーション、これを無限に引き伸ばして書き続けているようにも見える。小林秀雄は、批評とは作品をダシにして自己自身を語ることであると言っているが、保田の場合は、自己自身が「空虚」や「無」であると(明け透けに)語っていることから、小林の位置をより過激に推し進めていることになる。2022/01/18




