内容説明
1945年3月10日、空襲の劫火で地獄の焦土と化した東京。母は死に、九死に一生を得た妹は焼けたバケツを持っていた…。辛酸をきわめた深刻な戦禍が原点だった著者の、「日本の次代への進路を誤らせないための止むに止まれぬ心意」。
目次
戦災体験を原点に生きる(「市民連合」と中谷君恵さん;東京大空襲訴訟)
戦災体験を語る―鶴見俊輔さんを囲んで
東京大空襲訴訟の意義(東京大空襲六〇年目の被災地図;我が家の被災 東京大空襲犠牲者名簿作成へ;東京大空襲訴訟の提訴;東京大空襲訴訟の意義 ほか)
廣澤榮著『私の昭和映画史』を読んで(炎のイメージを追って;映画の想い出;三宿の別れ;涙の戦災史 ほか)
著者等紹介
斎藤亘弘[サイトウノブヒロ]
1933年(昭和8年)東京都本所区柳原町に生まれる。1944年3月、母の郷里の新潟県中蒲原郡五泉町に、縁故疎開する。1946年4月、旧制新潟県立村松中学校入学。6・3制で雪国に6年間通う。1953年東京へ出て、転職を重ねた後、1959年から99年まで映写技士を41年間勤続。途中、東宝撮影所内現像所(キヌタラボラトリー)が閉鎖するまで、10年間同試写室勤務(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
かおりんご
28
手記をまとめた感じ?あっちやこっちに話が飛びすぎて、伝えたいことがはっきり見えない、、、お姉さんが書かれた話は、さすが19才で体験しているだけあって分かりやすい。読むならそこだけで十分。日本政府を訴え、損害賠償請求をするより、アメリカの方が問題じゃない?と読んでいて思った。国民は情報をコントロールされていたから、戦争のことはよくわからなかったとかなんとかよく聞くけれど、もともとをただしていけば日露戦争あたりから民意は戦争へと傾いていったんじゃないの。だとしたら、ひいひいおじいちゃん世代の問題なわけで、2019/02/22