- ホーム
- > 和書
- > 社会
- > 社会問題
- > マスコミ・メディア問題
内容説明
何かを記憶し思い出す。その多様な営為の実践に迫る。記憶という行為がもつ奥行きや困難さ、歴史性、そしてそれらの可能性の条件となっているメディアの次元を考える。
目次
第1部 出来事の記録/記録の出来事(“全面的な忘却”をめぐる哲学的覚え書き―フッサールとデリダから出発して;東日本大震災とドキュメンタリー映画 ほか)
第2部 まなざしの記録/記録のまなざし(映像の誕生と空間の可視化―パテ・ベビーと日本の1930年代;(暗室)箱の中の手―デイヴィッド・ホックニーの逆遠近法と鏡の投影 ほか)
第3部 場所の記録/記録の場所(メディアとしてのミュージアム、その可能性―「四日市公害と環境未来館」を起点として;郷土と記憶―喜多村進の移動と郷土認識 ほか)
第4部 編集の記録/記録の編集(歴史的記憶のヴァーチャルな編集―ウィキペディアと歴史叙述の条件;書籍におけるスペクタクルイメージとコメモレーションの形成―100個のトランクをめぐる「モノ」と「コト」の記憶 ほか)
著者等紹介
谷島貫太[タニシマカンタ]
二松學舎大学文学部専任講師
松本健太郎[マツモトケンタロウ]
二松學舎大学文学部准教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ゆえじん
1
メディア論に関心があったので。第一章においてデリダがフッサール『幾何学の起源』に付した長い序文を引いているのを見て購入を決定。読んだ人は少ないみたいだが、実はかなりいい本なんじゃないだろうか。少なくともぼくにはクリティカルヒット。ゲンロンの美術論・写真論などで頻出する固有名についての基本的なテキストを与えてくれた。第五章『(暗室)箱の中の手』はかなりアツい。(暗室)箱で部分的に射影した像を利用して素描する、という操作の反復によって構成されたという絵画を発見したホックニーの絵画論。2018/11/05