出版社内容情報
戦後の日本とフィリピンの友好に貢献した
陸上選手・南部敦子へ、あるフィリピン人から感謝を込めて――
1954年にフィリピンで開催された第2回アジア競技大会で、女子100m走で優勝した日本陸上チームの南部敦子。
第二次世界大戦の記憶からフィリピン国民は日本に対して敵意を持っていたのだが、その時、フィリピンの観衆は、南部の勝利を
温かく迎え入れ、地元の新聞は南部を「大会の恋人」と好意的に呼んだのだった。観衆の一人だった大学生アマデオ・アルボレーダ氏はそのことに驚き、深い感銘を受けていた。
1969年、日本で働くことになったアルボレーダは、南部を訪ねその功績について語り合いたいと考えた。
しかし翌年、彼は南部の交通事故死というショッキングなニュースを目にする。にもかかわらず、何年も喪に服したのち、
彼は南部についてもっと知ろうと決心することとなり、彼女の母親や娘など、彼女を知る多くの人々と接触し続けることで、
予期せぬさまざまな出会いへとつながっていくこととなった。
本書はアルボレーダから天国の南部敦子への手紙という形で、その探索の軌跡をたどったものである。
原書「Mabuting Loob Atsuko Nambu ?A Filipino Memory」Ateneo de Manila University Press, 2022
内容説明
戦後の日本とフィリピンの友好に貢献した陸上選手・南部敦子へ、あるフィリピン人から感謝を込めて―。1954年、フィリピンで開催された第2回アジア競技大会女子100m走で優勝した南部敦子。日本に敵意を持つ第二次世界大戦後のフィリピン国民に、その勝利は温かく受け入れられた。
目次
プレリュード―ある日本人のKagandahang Loob(内なる美)
敦子さんへの手紙―一九五六年―二〇二一年(一九五六年 あなたを知り、そしてフィリピンを去る;一九六九年 日本へ;一九七〇年 敦子死去;二〇〇八年 再びあなたを見つける;二〇〇九年(一月) お母様からのご返事
二〇〇九年(十二月) 千里山会でお母様に会う
二〇一〇年 日経新聞そして表彰式での皇后陛下
二〇一四年 驚きの問い合わせ
二〇一六年 驚きの依頼
二〇一七年 お母様ご逝去
二〇二一年 お別れ)
フィナーレ―追憶
著者等紹介
アルボレーダ,アマデオ[アルボレーダ,アマデオ] [Arboleda,Amadio]
1934年米国生まれ。米国、フィリピン、ドイツで教育を受け、書籍編集者、出版者、国連職員、大学教授として働き、現在はバイオリン製作者。日本に55年間在住。それ以前は米国、フィリピン、ドイツに住んでいた。2019年に日本国籍を取得し、妻の戸籍に入った際に妻の姓「川上」を名乗った
城由紀子[ジョウユキコ]
1954年福岡県生まれ。1977年立教大学文学部英米文学科(B.A.)卒業後、財団法人ユネスコ・アジア文化センター図書開発課に1983年まで勤務。アジアの出版研修事業で、当時国連大学のアマデオ・アルボレーダ氏と出会う。1983年カナダに留学、サイモン・フレーザー大学政治学科で修士号取得(M.A.)。1987年から2015年まで文化学園に勤務、文化外国語専門学校、文化女子大(現文化学園大学)で英語などの授業を担当し、定年退職(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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