村上春樹とポストモダン・ジャパン―グローバル化の文化と文学

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  • サイズ B6判/ページ数 178,/高さ 20cm
  • 商品コード 9784779120053
  • NDC分類 910.268
  • Cコード C0090

内容説明

村上春樹はグローバル・ポピュラー・カルチャーとしての「アメリカ文学」を日本語で書いた作家である…。アメリカ文学、カズオ・イシグロ、ディザスター映画、宮崎駿、新自由主義とポストモダニズムなどを縦横に論じる新たな「文学論」の冒険。

目次

第1章 グローバル化の文化と文学―村上春樹、ティム・オブライエン、レイモンド・カーヴァー(はじめに―雑貨としての洋書とその背後にあるもの;グローバル化する文学のポストモダニズム ほか)
第2章 村上春樹とポストモダン・ジャパン―リベラル・グローバリズムのセカイ(「魂の行き来する道筋」と『1Q84』のセカイ;イシグロ、『ナウシカ』、『AKIRA』における核 ほか)
第3章 『多崎つくる』とリアリズムの消滅―アメリカ・モダニズム小説の意味(『多崎つくる』のねじれ―リアリズムの幻想;アメリカ・モダニズム小説の「興隆」とわれわれの現在 ほか)
わたしたちの“いま”のリアリズムとユートピア―解説にかえて(はじめに―三浦玲一氏の歩み;ポストモダン文化がグローバル文化であること ほか)

著者等紹介

三浦玲一[ミウラレイイチ]
一橋大学大学院言語社会研究科前教授。専門はアメリカ文学、ポストモダニズム。2013年10月9日、病のため急逝(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー

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Ecriture

12
『タイタニック』・『わたしを離さないで』・『1Q84』を、歴史を(信頼出来ない unreliable)個人の記憶へと置換した上で愛への拘泥によって労働の隠蔽及び「部分なき部分」の清算に寄与するポストモダンなグローバル文学として批判的に分析する。ラクラウ=ムフを嚆矢として労働運動がアイデンティティ闘争へとずらされ、文化的サヨクが左翼にとって代わり、奇妙に戦争(歴史)や貧困や社会が抜け落ちて作られるもう一つの日本を、三浦は「ポストモダン・ジャパン」と呼び、その外部を思考することの重要性を説く。2014/06/09

林 一歩

10
ポストモダン論としては凡庸。2015/06/28

バーニング

2
『文学界』で二章と三章をすでに読んでいたが一章を読んでより全体の論旨(あるいは村上春樹批評の意図)をつかめた気がする。新自由主義、グローバル化、そしてポストモダンが交わるセカイにおいて村上春樹があぶりだそうとしているものは、新しさと古さのミックスであるような気もした。『多崎つくる』でモダニズムの復権をめざすのもそのせいだろう。しかしそれすら三浦からすれば現代的なのだという読みは、非常に面白い。2014/04/28

最大255文字

1
「ポストモダン・バーセルミ」の著者三浦玲一氏の遺作となった村上春樹論。 村上春樹をはじめとするサブカルチュアを含めた一連の文化的所産を「グローバル化の文化/文学」と呼んで、その性質を論ずる。 全3章構成の第3章では「グローバル化の文学/文化」の系譜を追い、アメリカの反共政策や「文化的反共」によってリアリズム文学を排してモダニズム文学が隆盛した次第を確認する。モダニズムの外部はないかのようである…というのはつまるところ資本主義リアリズムだが、ではそこを土台にさらに一歩前に出るにはどうするか?2020/10/02

ゴリラ爺さん

0
再読。私にとっては2010年代に読んだ英米系の研究者の批評のなかで一番面白いと感じた本だった。これからという時期に三浦氏を亡くしたのは非常に惜しいことであった。彼の衣鉢を継ぐ若手の研究者がこれからの10年20年に面白い本を書いてくれることを願うばかりである。2022/10/23

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