脳病院をめぐる人びと―帝都・東京の精神病理を探索する

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  • サイズ B6判/ページ数 338p/高さ 19cm
  • 商品コード 9784779119194
  • NDC分類 493.7
  • Cコード C0021

内容説明

芥川龍之介が神経衰弱の末に自殺した昭和二年以降、文学史にさまざまな狂気が連鎖する。辻潤は天狗となって二階窓からの飛翔を試み、太宰治はパビナール中毒で強制入院させられる。愛児を失った中原中也は忘我状態となり、高村智恵子は精神分裂病で生涯を終えた。わずか十年余りに連鎖するこれらの狂気には、何か共通因子があるのか。また彼らはどのような治療を施されたのか。明治・大正・昭和と帝都東京における脳病院の成立と変転を辿り、都市と人間、社会と個人の軋轢の精神史を探索する。

目次

第1部(初期癲狂院;正系としての帝国大学医科大学・呉秀三・府立巣鴨病院;脳病院の登場;郊外へ)
第2部(芥川龍之介の小さな世界;辻潤または飛翔するニヒリスト;家族はどうしたのか―高村光太郎と長沼智恵子;ここは、かの、どんぞこの―太宰治の分岐点;中原中也 暴走する精密装置)

著者等紹介

近藤祐[コンドウユウ]
1958年東京都生まれ。一級建築士、文筆家。慶應義塾大学経済学部卒業。アパレル企業の企画部を経て建築設計事務所に。その後独立して設計デザイン事務所を主宰(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

こばまり

41
前半は都下の精神科病院の成立と地理上の変遷を。後半は芥川、太宰、中原中也、辻潤、高村智恵子の狂気に触れ、彼らが精神科病院とどのように付き合っていたかを様々な文献に当たり紹介しています。とても読み応えがあったのですがエピローグに残念な記述発見。井之頭病院を指して「普通の総合病院のようである」とは。同病院は昔も今も精神科病院。いくら“現存する病院には取材しない”(何故だ)を原則としていても、標榜科目はどの医療機関も公開していることなのでそれくらいは調べてお書きになったらと思ってしまいました。2014/12/15

安南

31
明治から昭和にかけての地図などを参照に、変わりゆく都市と精神病の関係について考察していく。建築様式や平面図などの図版から精神治療施設の成立と変遷を探る建築家ならではの視点は新鮮で、想像力を刺激される。戦前の文学史にたびたび登場する脳病院、後半は狂気から見る文学者達の姿を追う。芥川龍之介、宇野浩二、佐藤春夫、辻潤、高村智恵子、太宰治、中原中也など。表紙の右下は晩年の辻潤。左の組写真はなんと木をつたって屋根に登る芥川!2013/10/14

澤水月

19
何より仰天したのが引用資料からだが辻潤(ダダイスト。妻の伊藤野枝がアナキスト大杉栄に走る)が元妻らを虐殺した甘粕にバッタリ会う場面!! 尺八持った辻と甘粕はきっとにらみ合いそのまま辻は次の間に去ったと…辻が当時今のサブカルチャースターの如く持て囃されてたとも実感。天狗として飛ぶ辻ほか芥川、中也、狂うとやはり皆高い所に登る…著者が一級建築士、第一部は脳病院があった地の照らし合わせ間取り様式にこだわり中々進まず。狂いゆく文士たちの姿描く第二部一気に読めた。光太郎智恵子にみる家族の苦労、美しくない狂気の実態良2014/01/17

TKK

15
芥川の「歯車」を読み、思い出して再読です。第一部は、明治時代の黎明期から精神科医療がどのように発展したのか、その移り変わりが書かれています。「楡家の人びと」を読んでいたので、初読の時よりも細かな気づきがあり興味深く読めました。第二部は、明治から昭和初期にかけて文豪たちと精神病院との関わり合いが描かれています。それぞれ外因性内因性様々な要因があるので一括りにできませんが、真面目な話抜きにすると、癲狂院あるいは脳病院と掲げられた陰気な厳めしい建物内は、ドグラマグラの世界を想像させてグッときます。好きなので。2019/04/11

かふ

10
最初に精神病院が帝都東京に出来たのは、ロシアの皇太子が来日するので、首都の浮浪者や危ない人を閉じ込めておくために作られたとか。通称めくら長屋に集められたのが上野寛永寺の護国院へ移転、その後養育院、癲狂院、脳病院と名前を変えていく。「狂」の字が外されたのは周辺住民感情なのか。差別用語になるが文学的には使われる。斎藤茂吉は精神科医であって俳人でもあったが、俳句には狂人、風狂などが使われる。都市化と共に郊外に追いやられ、看護から監護へ。後半は精神病院へ入れられた有名人の行動と病歴を証言や本人の言葉で描いていく。2016/10/07

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