内容説明
裸の大将、日記を書く。徴兵検査が嫌で脱走したこと、人をだましておむすびをもらったこと、テレビドラマよりさらに赤裸々に、愚直に、克明に天才画家自らが著した本当の「山下清」。
目次
学園から逃げ出す事
とんやの新宅
新宅に居るのが嫌になる事
そば屋に使って貰う事
六月になると又逃げてゆく事
弁当屋に奉公した事
僕の役目と皆の役目の事
売子さん
来年は二十一歳で兵隊検査
二十一歳になったら年をふやす〔ほか〕
著者等紹介
山下清[ヤマシタキヨシ]
1922年、東京生まれ。1934年、千葉県「八幡学園」入園。1959年、ヨーロッパ9ヵ国を訪問。1971年7月死去
池内紀[イケウチオサム]
1940年、兵庫県姫路市生まれ。ドイツ文学者(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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熊本震災10年の雨巫女。
13
《私-図書館》山下清展の予習の為に、かりたんですが、結局復習になってしまいました。(>_<)。放浪の旅もたいへんだね。2013/12/19
袖崎いたる
9
山下清は日本のゴッホと評されたことがあるらしい。知らなんだ。たしかに、ゴッホの伝記を読んだときに感じたさびしさの気配がある。ゴッホのほうが痛々しいけどね。加藤俊朗が『呼吸の本』の中で障害者は魂のレベルが高いと語っていたけれど、この日記からもその、気配はある。つまり、純粋なのだ。打算がなくて、何かこれこれをしたいっていう気持ちにがめつさがないんだよな。子どもみたい、とも似て非なるもの。やっぱりそれは障害者なのよ。こう書くと「健常者」としてあぐらをかいてる人々がどれだけもったいないかがわかるというもの。2021/01/18
みりん
8
昔は人が優しかったというが、この日記を読む限り確かにとは頷けない。昔見たドラマの心温まるエピソードは演出だったのだろう。確かに方々で握り飯やいくらかの銭は施された様だが(それもほぼ毎日)、渡す人々からは「どうか他所へ行ってくれ」という本音が見える。時たま新家やお弁当屋さん、魚屋など遣ってくれる人がいたことを思えば成る程現代人は血も涙もないようにみえる。握り飯を施す個人はいないだろう。しかし障害を持つ人に対して露骨に差別意識を向ける人は減ったと思う。 自由を求める彼の心こそ人間の姿そのものでないかと感じた。2026/03/02
駄目男
7
不思議なのは日記の何処を見ても落ち着いて絵を描いている場面は一つもない。何でも山下は驚異的な映像記憶力の持ち主で、その場で見ながら描かなくても、家に帰ってから描くことが出来たとか。とても不思議な人物だが、こう放浪癖が板に付いた人生で、孤独感というのを、どう感じていたのだろうか。 山下の心の中をもっと覗いてみたいような衝動に駆られるが、果たしてこちらが質問したことに対して思うような答えが返ってくるかどうか。私は山下清の『長岡の花火』が好きだが彼の名は『裸の大将』とこの絵と共に永遠に残るであろう。2017/06/22
たつや
6
テレビのドラマは有名だが、ちゃんと見たことはないので、本書で山下清の実像が少ししれた気がする。面白かったです。作品も一度観たい。個展があれば、足を運びたい。2024/09/10




