内容説明
大正十年に徴兵で北海道第七師団に入営。以来工兵一筋に、満州事変、日支事変、太平洋戦争に出征。敵前渡河、戦車部隊に同行しての障害排除など困難な任務を独創的な発想で成功させ、ジャワ島油田復旧に活躍、大戦後半は軍政監部に転じジャワ住民のため洪水防止放水トンネル建設を成し遂げた工兵大尉の死闘の記録。
目次
第1章 徴兵検査で軍隊に
第2章 満州事変
第3章 日支事変始まる
第4章 中支宜昌作戦
第5章 大東亜戦でフィリピンへ
第6章 石油を求めてジャワ島に
第7章 ブランダス川の治水用トンネル工事
第8章 敗戦後、現地での行動
著者等紹介
遠藤千代造[エンドウチヨゾウ]
明治34(1901)年、西会津の農家の3男として出生。14歳で製紐会社、のち船員に。大正10(1921)年、徴兵で旭川第7師団工兵第7大隊入隊。工兵学校在学時、関東大震災で復旧作業。昭和7(1932)年、満州事変で出征。12年、現役を退き予備役陸軍少尉。13年、再召集され中支派遣軍の独立工兵第3聯隊で日中戦に。16年、上海からフィリピンへ。マニラ占領後、ジャワ島の油井復旧に任じ、17年、現地で召集解除(陸軍大尉)、ジャワ軍政監部嘱託に。ブランダス川治水用トンネル工事を担当し、戦争末期、物資不足の中、現地住民らと不発弾から手製爆薬をつくりながらの発破作業を続け、1年半の突貫工事で完成させる。昭和54(1979)年歿、享年78(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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