感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
イプシロン
38
文学のもつ底力を遺憾なく発揮した戦記だ。表題作『ルソンの谷間』は、フィリピン戦線における二か月にわたる彷徨をとおして、あらゆる人間的欺瞞が削ぎ落され、軍規はもちろんのこと世俗的利害損得を捨て、互いが生き残るための共同体感覚に到達したという筋書き。いくら哲学書を読んでも知りえないであろう、あらゆる世間的価値観を捨てて友と共に「今ここ」を生きるという感覚を戦場という極限状態のなかで感じたという江崎の感性の鋭利さに驚くばかりだ。が、それはまた、そこまでの極限状態にならない限り「今ここ」に生きるという感覚を2020/12/14
モリータ
13
◆国立駅前の「みちくさ書店」でたまたま手に取る。さすが大学そばの古本屋、スペースは狭いが文庫新書は充実していた。◆直木賞としては異色の、売れる見込みの特にない新人による処女作、しかも娯楽性のうすい戦争記録小説で、叩き上げの古兵が、ルソン山中のあてどない行軍を、人間的な判断力をぎりぎり失わずいかに生き延びたか、という話。浪花節や誇張表現もなく淡々と部隊の壊滅を描いている。名もなき兵長や矜持を失わなかった参謀長の人柄を静かに讃える、というのはかなり珍しいのでは(戦争行為への深い疑念・反省などはないにしろ)。2018/10/01
あしお
3
二十数年前、学生の頃に読んで衝撃を受けた本でした。戦場という極限状況での人間の心理が興味深いのが一つ。また「落ちこぼれ」になる事を怖れながら何とか大学生になった私には、落伍兵には落伍兵の世界があり、必ずしも落伍(=落ちこぼれ)が挫折ではないと教わった本でした。 併録されている「岩棚」は私が知る限り、もっとも自然の移り変わりの描写が美しい作品です。腐りゆく日本兵二体の死体とフィリピンの大自然が溶け合って、不思議な世界を描いています。尚、生前の二人の日本兵の運命に相当凹まされますσ^_^;。2017/06/22
oknkareha
1
第37回。 「ルソンの谷間」は戦争の生生しさと極限状況の下での狂った人間関係を精緻な文章で描く。それでいて、「岩棚」では、岩の上で日本兵の死体が自然へと還っていく時間の経過が、彼が軍隊で過ごした時間と重ねながら語られる。死後の美しい色彩的描写は、まるで生前の軍隊生活の醜さを強調したいかのよう。 暇つぶしの読み物として読むには、こうした類の従軍記は重たい。が、だからこそ読んでよかったと思う。2013/12/10




