思想は武器に勝る―フィデル・カストロ自選最新演説集 2003~2006年

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  • サイズ A5判/ページ数 288p/高さ 22cm
  • 商品コード 9784768488874
  • NDC分類 304
  • Cコード C0030

内容説明

革命から半世紀、戦い続けた偉大なるリーダー、フィデル・カストロが国民とともに保持してきたのは武器ではなく、生きる力の源となる高邁な思想だった!引退直前のカストロ議員が力をふりしぼり、国民に世界に、熱く語りかけた珠玉の言葉の数々。

目次

二〇〇三年(一月二九日 ホセ・マルティ生誕一五〇周年を祝する「世界の均衡のための国際会議」の閉会にあたって;二月七日 二〇〇三年教育学会閉会において ほか)
二〇〇四年(一月三日 キューバ革命勝利四五周年の談話;五月一日 革命広場で開かれたメーデーの式典にて ほか)
二〇〇五年(五月一日 革命広場で開かれたメーデーの式典にて;五月一七日 「テロリズムに反対する戦闘的人民の進行」の開始にあたって ほか)
二〇〇六年(一月二四日 SINA(米国利益代表部)前における戦闘的民衆のデモ行進開始にあたって
二月三日 革命広場で開催された、ベネズエラ・ボリーバル共和国大統領ウーゴ・チャベスに対する、ユネスコ「ホセ・マルティ国際賞」贈与式における言葉)

著者等紹介

カストロ・ルス,フィデル[カストロルス,フィデル]
1926年8月13日にキューバ東部のビランの砂糖キビ農場の農園主の父アンヘル・カストロ・イ・アルギスとその2番目の妻リナ・ルス・ゴンザレスの7人兄弟姉妹の3番目の子として生まれる。ハバナのイエズス会の小学校で学び、高校時代は最優秀高校スポーツ選手に選ばれる。1945年ハバナ大学に入学し、法律を学ぶ。1950年卒業とともに弁護士となり、貧困者のための弁護活動にうちこむ。後、反対制武装組織を組織し、1953年7月26日、サンティアゴ・ゴ・デ・クーバのモンカダ兵営を襲撃するが失敗、囚われの身となる。裁判での「歴史はわたしに無罪を宣告するだろう」との彼の言葉はあまりにも有名。1955年5月、恩赦で出獄、7月にメキシコに渡る。事実上の亡命であった。メキシコでこの年、アルゼンチンの青年エルネスト・ゲバラと出会い、夜通し語り合う。1956年11月25日、60フィートの白いヨット「グランマ号」でゲバラら81名とともにメキシコを出発、12月2日、難破のような状態でマングローブの茂るオリエンテ州の海岸に革命の第一歩を印す。1959年の元旦、バチスタ大統領がドミニカ共和国に亡命、革命は成功した。2006年7月31日、腸の手術を受けるカストロは、弟のラウル・カストロに国家評議会議長などの職務を暫定的に移譲すると発表。2008年2月19日、引退を表明

白野降雨[シラノコウウ]
1951年東京生まれ。『中南米経済速報』編集主幹(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。