内容説明
「ドイツの対ソ開戦必至」「対米開戦反対」「ヤルタ密約」―冷静的確な情報はなぜ中央からことごとく無視されたのか。第二次大戦下のスウェーデンに展開された一陸軍武官によるたぐいまれな情報活動とそれを支えた妻の奮闘を描いた名作。阿川弘之氏エッセイ「バルト海再び」を収録。
目次
第1章 引き揚げ
第2章 大戦と大戦の谷間のバルト三国
第3章 バルト三国のその後
第4章 上海派遣
第5章 スウェーデンへの転任
第6章 ストックホルムと東京のくい違い
第7章 武官女房の社交
第8章 大東亜戦争開戦
第9章 戦争終結への悲願
第10章 終戦
著者等紹介
小野寺百合子[オノデラユリコ]
1906年東京生まれ。東京女子高等師範学校付属高等女学校専攻科を卒業。祖父は日露戦争で活躍し、教育総監、明治神宮宮司などを歴任した陸軍大将一戸兵衛。1927年小野寺信陸軍中尉(後に少将)と結婚。ラトビヤ公使館付武官、スウェーデン公使館付武官に任命された夫とともに前後7年間を海外で送り、「独ソ開戦」「ヤルタ密約」などを含む暗号電報打電作業など情報活動を担う。1946年スウェーデンから引き揚げ。戦後はスウェーデン社会研究所の設立に尽力、スウェーデンの社会福祉制度を研究する。1981年スウェーデン国王から勲一等北極星女性勲章を受章。1998年死去
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感想・レビュー
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藤月はな(灯れ松明の火)
85
恐怖心から戦争史を避けていた事を恥じていた時に「怖くない戦争史」の鳥羽口として紹介された本。作者の小野寺百合子さんはムーミンシリーズの翻訳者として知られてもいるが、当時は小野寺信氏の妻として情報を暗号化して電報として送る仕事もなされていました。彼女から見た内幕が色々と興味深くも遣る瀬無い。疲弊していた日本を助けるために提案されていた和平交渉も、ストックホルムでの「ドイツは不利だ」という分析情報も参謀本部によって握りつぶされ、国内では耳触りのいい情報しか流れなかったという事に呆れ果てるしかない。2018/01/22
天の川
32
ムーミンの訳者である小野寺百合子さんによる、太平洋戦争中に諜報活動を担ったスウェーデン駐在武官の夫との日々の追想録。小野寺信氏が太平洋戦争の回避や一日も早い戦争終結のために奔走したものの、陸軍参謀本部によってその貴重な情報が握りつぶされた詳細が記されている。そんな国家機密を百合子さんが何故知り得たかといえば、武官の妻の最も重要な仕事は夫の得た情報を暗号化することだったから。身贔屓もあるかもしれないと思いつつも、戦争をしないという選択肢も当時十分あったこと、情報の取捨選択を間違えることの怖さを感じた。2016/08/26
犬養三千代
8
軍人の妻、それも武官として戦前に海外で赴任。階級がまだまだ目に見えてあった頃のお話。夫、小野寺信の緻密で的確な情報を大本営に打電し、大本営が取り上げずに敗戦に、、というお話。 外交官は潤沢な資金と上流階級のお付き合いそれも誠意友情が戦後のお付き合いと仕事にも結びついた。サクセスストーリー。 階級ということを強く感じた。今でもそれは続くように思う。2019/09/14
とりもり
7
第二次大戦中の中立国、スウェーデンで陸軍武官として活動した小野寺信少将の奥様の手記。敗戦の後、日記や記録の類は全て焼却したとあるにも関わらず、その正確な記録には舌を巻く。暗号化および解読を奥様がされたという日本陸軍の体制の脆弱振りに呆れたが、それが故にこれほどの記録が後世に残ったとすれば、それはそれで意味のあったことなのだろう。小野寺少将の忠告が大本営に少しでも活かされていれば、戦史は違うものになっていただろうと思うと残念でならない。オススメ。★★★★☆2014/10/05
Ted
4
’05年7月刊(底本’85年)。○思い込みや先入観、自分たちに都合の良い希望的観測などはインテリジェンスには厳禁だということがよく分かる。暗号業務は駐在武官の妻が行うのが普通だったそうで、中でも特別暗号という超極秘暗号も何の軍籍にもない(武官の)妻が行なっていたというのは驚き。陸軍幼年学校仕込みのドイツ語とロシア語に堪能だった小野寺信も戦後の米軍進駐を見越して習い始めた英語習得には失敗したというエピソードも面白い。語学の才のある人でも語学習得には適した時期を逃すと難しいということか。2024/09/21
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