世界最強の囲碁棋士、〓薫鉉の考え方

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  • サイズ B6判/ページ数 297p/高さ 19cm
  • 商品コード 9784757428270
  • NDC分類 795
  • Cコード C0030

出版社内容情報

世界最多勝(1946勝)・最多優勝(160勝)を誇る「囲碁の皇帝」曺薫鉉は、どのように戦いに勝ち切ってきたのか?

内容説明

世界最多勝(一九四六勝)、世界最多優勝(一六〇勝)を誇る「囲碁の皇帝」〓(そう)薫鉉は、どのようにして戦いに勝ち切ってきたのか?満九歳で来日し、九年間の修行生活を送った〓(そう)薫鉉。瀬越憲作を精神的な師、藤沢秀行を盤上の師とし、韓国囲碁界の伝説的な棋士として、その名を広く知られている。本書は、日中韓のそうそうたる棋士たちとの戦いから導き出された、選択の瞬間に「最高の一手」を打つ考え方を伝える。

目次

初段 名人が語る考えの法則
2段 良い考えは良い人から生まれる
3段 勝てるならば必ず勝て
4段 手を正確に読んで動け
5段 より遠くを予測せよ
6段 つらい時ほど検討せよ
7段 考えを大きく広げよ
8段 人から学べ
9段 心身のバランスを探せ
10段 考える時間を作れ

著者等紹介

〓薫鉉[チョフンヒョン]
世界最多勝(1946勝)、世界最多優勝(160回)を誇り、「囲碁の皇帝」と呼ばれる韓国囲碁界の伝説的な棋士。1953年生まれ。満4歳のときに木浦で囲碁を始め、満5歳で修業のためにソウルへ。1963~72年、日本での修行生活を送り、瀬越憲作、藤沢秀行という最上の師から薫陶を受ける(瀬越憲作門下)。1972年、兵役のために韓国へ帰国。その後韓国を中心に活躍を続ける。日本の棋士との交流は長く深く、その名を囲碁界で知らぬ者はいない

戸田郁子[トダイクコ]
韓国在住の作家・翻訳家。仁川の旧日本租界地に90年前に建てられた日本式の木造長屋を再生し、「仁川宮洞ギャラリー」を開く。また、韓国で「図書出版土香(トヒャン)」を営み、文化や歴史に関わる本作りを行っている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

夜間飛行

112
著者はかつて世界最強といわれた韓国の棋士。瀬越憲作の三人の弟子の一人とは知らなかった(他にも弟子はいたのだろうけれど、呉清源と橋本宇太郎だけあげている)。その師は「囲碁に答はない。自分で探せ」と教え、著者の並べ返す碁を見ながら、時々指で石を指すだけだった。でも、その指さしがとても貴重だったらしい。パチンコ・麻雀などにも手を出した著者は、師を窮屈な人だと思っていたそうだ。ところが、後に自分の弟子となる寡黙で石仏のような16才の李昌鎬に全タイトルを奪われてしまう。全体的にお説教くさいが、面白い話も沢山あった。2020/04/09

kokada_jnet

18
赤裸々に書いてあって非常に面白い内容だけれど。師匠の瀬越憲作の自殺について、「私(=曺)が韓国に帰ったことで絶望した」「師匠は、自分で自分の首を絞めて死んだ」とあるけれど、これは本当なのかな(そんな自殺が可能?)。また「瀬越先生の弟子は、呉清源・橋本宇太郎・曺薫鉉だけ」とも書いているが。他の杉内雅男、伊予本桃市、久井敬史らの弟子を無視しているし。2017/07/12

kokada_jnet

16
曺薫鉉は日本で修行した後、兵役のため韓国にもどって韓国のタイトル王になったが、日本の囲碁界では、「所詮、韓国のチャンピオン」と下にみていた。しかし、囲碁の世界戦がはじまって、優勝し、日本の囲碁界に自分の力をしらしめた。その辺りの記述が不足しているような。2017/07/13

kokada_jnet

16
実質的な師匠だった藤沢秀行について。坂田栄男がやっていた解説会に泥酔して現れ、暴言を吐いたというエピソードが紹介されている。日本の秀行関係本では、絶対出てこないエピソード。2017/07/12

mass34

8
師匠である瀬越先生のこと、秀行先生のことが気になった。2017/05/12

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