内容説明
素手で概念と格闘し、自分の言葉で思考を紡いだ「哲学の巫女」、池田晶子。謎めいた思索の軌跡を批評家が丁寧に解きほぐし、「哲学すること」の喜びと意義を探究した『池田晶子 不滅の哲学』(トランスビュー発行)に、書き下ろしの一篇「不滅の哲学」を加えて編んだ決定版。
目次
1 孤独な思索者
2 月を指す指
3 哲学が生まれるとき
4 絶句の息遣い
5 言葉と宇宙
6 常識と信仰
7 思い出すということ
8 内語の秘密
9 「私」とは考える精神である
10 夢の向こう
11 言葉はそれ自体が価値である
著者等紹介
若松英輔[ワカマツエイスケ]
1968年新潟県生まれ。批評家、随筆家、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。慶應義塾大学文学部仏文科卒業。2007年「越知保夫とその時代 求道の文学」にて第14回三田文学新人賞評論部門当選、2016年『叡知の詩学 小林秀雄と井筒俊彦』(慶應義塾大学出版会)にて第2回西脇順三郎学術賞受賞、2018年『詩集 見えない涙』(亜紀書房)にて第33回詩歌文学館賞詩部門受賞、『小林秀雄 美しい花』(文藝春秋)にて第16回角川財団学芸賞、第16回蓮如賞受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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trazom
63
若松英輔さんの文章が大好きな私だが、池田晶子さんは、ちょっと苦手。池田さんへ「返事の来ない手紙を書くように」文章を書いてきたという若松さんによるオマージュの一冊である。二人に共通するのは「言葉」。「言葉はそれ自体が価値である」「「私」は言葉である」と言う池田さん。「悩むな。考えろ」「悩むのはきちんと考えてないからだ」「愛と好きとは違うんだ」「月を指す指は月ではない」…温かさや優しさに縋る私には、池田さんの言葉の棘が痛くて仕方なかったが、若松さんの愛情告白を読んで、池田さんへの誤解が少し解けたかもしれない。2020/11/08
tamami
37
初めて池田晶子の本に出会ったのはいつの頃だったのだろう。今から二十数年前、『睥睨するヘーゲル』という、その頃名前だけかじっていた哲人の名を冠した本を手にしたのが始まりだった。以来十年ほど、新刊が出る度に購入し、彼女の哲学話に時間を忘れて読みふけった。本書は、そんな池田晶子の三十冊余の著作に込められた著者本人の思いを、本人に成り代わって吐露したもの、というような言い方をすることができる。なぜ成り代わりなのか。それは哲学本の著者の池田晶子が、46と言う若さでこの世を去ったからである。池田さんの哲学観はこれだ→2020/09/30
呼戯人
20
若松英輔による池田晶子へのオマージュ。至高の思考へ至ろうとした池田晶子の哲学を、小林秀雄やプラトン、ニーチェやリルケを題材にしながら、その軌跡を描き出す。その生が思考であった人の、その思考を詩的な散文で描き出そうとしている。思考は何よりも詩であると言ったハンナ・アーレントも思い出す。人は思考しつつ生存している。その美的な叡智を描き出す試み。解釈学としての批評の結晶。私たちはいつもこのような詩的な散文の煌めきに魂を撃たれる。2020/09/27
なおみ703♪
14
池田晶子の思想も好きなのだが、若松氏の解釈が私はもっと好きだ。「救う」とは寄り添うこと、共に生きること。コトバは人を救わずにはいられない。「読むとは絶句の息遣いに耳を澄ますことである。」「歴史は決してすんで終わった過去のことではないんだ。それは、自分が今ここに生きているということそのものなんだ。だから、歴史を知るということは、自分を知るということだ。読むとは、その著者に会い、言葉を交わすことである。哲学もまた、詩や小説と同様、コトバの律動の一形態である。私たちは小説を読むように哲学の文章を読んでいい。2021/11/03
ken
4
感想を文章にしてみても、うまく言葉にできた気はしていない。なんだか、誰かの言葉をなぞっている気がするのだ。 自分だけの言葉。 そういったもので、思想を、哲学を語ることができるのだろうか。 『不滅の哲学 池田晶子』(若松英輔)―言葉、救い、超越、自己―2022/04/12