内容説明
ネット古書店でエゴサをしていたら、サイン入り自作が売りに出されていることに気づいた作家「イ・ギホ」。しかも他の作家の本より格安、酷評のコメント付きだった。悶々として眠れぬ彼は、出品者に直接会おうとはるばるでかけるのだが…。(「チェ・ミジンはどこへ」)。「あるべき正しい姿」と「現実の自分」のはざまで揺れ、引き裂かれるふつうの人々を、ユーモアと限りない愛情とともに描く傑作物語集。
著者等紹介
イギホ[イギホ]
1972年、江原道原州市生まれ、秋渓芸術大学文芸創作学科卒業、明知大学文芸創作学科大学院で博士課程を修了。1999年に短篇「バニー」が『現代文学』に当選してデビュー。2010年に李孝石文学賞、2014年に韓国日報文学賞、2017年には『誰にでも親切な教会のお兄さんカン・ミノ』に収録されている「ハン・ジョンヒと僕」で黄順元文学賞と名だたる文学賞を受賞。人間を見つめる優しい眼差しと卓越したユーモア感覚、多彩な「語り」の文体で注目を集め、2000年代を代表する新世代作家となる。現在は光州大学文芸創作科の教授を務めながら創作活動を行っている
齋藤真理子[サイトウマリコ]
1960年新潟生まれ。『カステラ』で第1回日本翻訳大賞受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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星落秋風五丈原
48
表題作も主人公に対して随分と辛らつだ。カン・ミノは(恐らく)どこにでもいる韓国男性で特にイジワルなわけではない。かつて教会で教え導いていたユニがイスラム教に改宗したというので相談を受け、何年かぶりに会いに行く。しかしミノの一言ひとこと、“会いに来た”時のやり方がユニを傷つける。語り手がミノなので、勿論彼にはユニの気持ちは全く分からない。しかし読者にはユニの端々から零れる言葉で、何に傷ついたかわかる。そしてミノが原因に一生思い当たらない類の人物であることも。スパダリを韓流で供給する前に通貨危機は起きていた。2020/02/17
りつこ
44
全編通じて描かれているのは「恥、羞恥」とあとがきにあり、なるほど…と思ったのだが、根底には「正しくありたい」という道徳心があるように感じる。ダメなところや弱いところもあるけどそれが人間らしさだよね、と受け入れる姿勢はなくて、そのダメさを冷徹に見つめている。ユーモアもたっぷりで軽い筆致で描かれているけど、あはは…と笑えない。「恥」の意識は日本人にも馴染みのあるものだけに、チクチクと胸を刺す痛みを感じた。善良な人の行動に感じる苛立ち。邪悪さを警戒して逃げてしまう弱さ。苦いけれどとても面白かった。2020/04/13
あさうみ
42
読み始め2ページくらいで吹き出すユーモアと、思わず考え込む重さのバランスがいい。情けなく、良かれと思っていたことが仇になる…器用に上手く生きていける人間なんかいないよね。でも生きていこうよと背中を撫でられ、落ち込んだ気分がちょっと上向きになる。 2020/02/02
あじ
36
韓国文学を四十冊ほど読んできたが、これまでとだいぶ毛色の異なる作家だった。書くに値する思想と他者へのまなざしで成り立つ短篇群は、読者に思索の余地を十二分に与えている。うかうかしてられないぞ、日本の若手作家たちよ。この完成度(主張)を見くびってはならない。2020/03/05
M H
24
すごく良かった!!作者自身を思わせる語り手のユーモラスで気弱な姿の奥に「あるべき自分(でも無理)」、「こんなこと言ったら大人げない、恥ずかしい(でも言っちゃう、あぁ)」が貼りついている。冒頭に収録の自分の本が酷評&安値で売られている「チェ・ミジンはどこへ」からしてこの悶々とした感じが愛らしい。ほかの収録作も柔らかい語り口で「正しさ」を捨てられずに起こることを突き放しすぎず、でも直視せざるを得ないように描かれている。2020/11/29