出版社内容情報
高校での授業崩壊が社会問題となっている今、なかでもレベルの差が著しい教科が数学である。本書は日常生活の中での数学という視点から、斬新な実践例をイラストを交えわかりやすく紹介する。
[巻頭言]教えと学びの交響する教室へ(竹内常一)
はじめに(増島高敬〔「高」は口がはしご〕)
現代を生きる高校生が求める数学の授業(正木哲雄)
【コラム】電卓導入で授業に変化(池上東湖)
数学教育と人の心の秩序のかかわり──教育基本法の「人格の完成」に関わって(大阪私学数学サークル)
【コラム】直積表を使って平方完成する(町田正行)
教育の詩(中村潤)
[解説]数学の学びの質を変えるような「指導の転換」を(増島高敬〔「高」は口がはしご〕)
補章・和田幸男氏の実践に学ぶ──学力回復と高校数学の融合
はじめに
高校生の学力低下とか授業困難・崩壊が語られるようになって久しい。70年代の半ばには「分数ができない高校生」が話題になったが、今日では「分数ができない大学生」が問題になっている。いま、高校生たちは「もう学びたくない、しかし学びたい」という矛盾した心情をかかえて学校生活をおくっている。これからの自分が生きて行く上で力になる学びを求めつつ、それがまったく満たされていないことがここに現れている。その心情の中心に位置しているのが数学であろう。しかし(だからこそ)、数学の授業を自己否定と自信喪失、「学びからの逃走」の源であることから、その反対物へとつくりかえることに成功すれば、高校生たちの学びの世界は一転するに違いない。本書ではそのことを目指して困難の中で積み上げられて来た実践を紹介し、若干のコメントと解説を試みた。
今日まで、困難に立ち向かい学力向上をめざす数多くの実践があったのだが、全体としてみれば、その主流は小・中学校の復習中心のドリル的なもの(それを学校ぐるみ、教師集団総掛りで展開するものも生まれた)であった。昨今は高校生に「100ます計算」による計算ドリルを課す例も各所に生まれているという。1979年に労働旬報社(現・旬報社)から刊行された仲本正夫の『学力への挑戦』は色合いを異にする実践として注目を集めた。仲本は「かけ算・わり算の意味を捉えなおす」ことと微分積分をつなげ、「世界が新しく見える」数学の学習を展開したのである。同じころ、高知の定時制高校の実践家である和田幸男は高知くろしお出版(現・南の風社)から『数学なんかやっつけろ』を出した。ここには「低学力」に向かう代表的な対応として選別・復習とドリル・学力回復と高校内容の融合の三つがあげられている。和田は選別を否定し、復習とドリルは主観的善意だけでは成功しないとして、学力回復と高校内容の融合こそとるべき道であるとしている。そしてこの三つの対応の背後には教師の授業観があり、その変革がカギであると述べている。
本書所収の正木哲雄の実践は直接にこの線の延長上にあるものである。耳目を集めるような新奇なものはそこにはないが、どこまでも高校生の目線にたち、そのことで高校生の必要観をつかみあるいは想像し、それを組み込んだ着実な授業が展開されている。
上述のような「学力回復と高校内容の融合」による学力回復の取り組みは、さまざまな教育困難をかかえていた私学の教育運動の中にも大きな影響をあたえた。千代田学園と堺女子高を中心とする大阪私学サークルの教師たちの実践、青森の私立高での中村潤の実践には、それに加えて、高校生認識の深まりと教師の高校生への共感的なアプローチが決定的であることが生き生きと語られている。
大阪私学サークルの実践にも正木・中村の実践にも、年ごとに高校生たちの様子が移り変わっていくことが書かれている。習熟度別授業を「歓迎」する高校生の増加に端的に示されているように、高校生にとって学ぶことはますます孤立的で受動的な営みになり、学ぶことが本来備えているはずの協同的な性格はますます見失われつつある。そうした中で、高校生たちが「学ぶことが人をつなぐ」「学ぶことが生きる力となる」方向へ、どうすれば踏み出すことができるだろうか。解説論文は学びの質を変えるような「指導の転換」をめざす一試論である。批判的に検討されたい。
2006年春
増島 高敬〔「高」は口がはしご〕
目次
巻頭言 教えと学びの交響する教室へ
現代を生きる高校生が求める数学の授業
コラム 電卓導入で授業に変化
数学教育と人の心の秩序のかかわり―教育基本法の「人格の完成」に関わって
コラム 直積表を使って平方完成する
教育の詩
解説 数学の学びの質を変えるような「指導の転換」を
補章・和田幸男氏の実践に学ぶ―学力回復と高校数学の融合
著者等紹介
増島高敬[マスジマタカヨシ]
1940年生まれ。東京工業大学理工学部卒。自由の森学園(高校)・和光学園(高校)非常勤講師、数学教育協議会・教育科学研究会会員(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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