出版社内容情報
欧州統合が進むなか、ヨーロッパの子どもたちは「国民」「地域住民」という従来の枠組みに加え、「ヨーロッパ人」としての意識をもつようになる。複雑な入れ子構造をもつこれからの子どもたちのアイデンティティをどう育んでいくのか。
監訳者まえがき
第一章 イントロダクション――今日のヨーロッパにおける政治的成長(アリステア・ロス/クリスティーヌ・ロラン-レヴィ)
第二章 子どもたちの政治学習(アリステア・ロス)
――「概念に基礎をおくアプローチ」対「論点に基礎をおくアプローチ」
第三章 市民としての思考と行動(イアン・デイヴィス/トニー・ソープ)
第四章 歴史教育における自民族中心主義の叙述と「ヨーロッパの次元」(アリストテレス・A・カリス)
第五章 各国における「政治的になる」ということ(キャロル・L・ハーン)
第六章 欧州連合シティズンシップに対する意識(デイヴ・エディ)
第七章 第三世界からの難民や亡命者の子どもたちが必要とする社会・政治学習(モウリーン・キルリーヴィ)
――アイルランドにおける小学校就学後の教育
第八章 今日のヨーロッパにおける若者、シティズンシップ、政治(エレーヌ・フェートチャック)
第九章 領域帰属の新感覚を創造する手段としてのユーロ導入(クリスティーヌ・ロラン-レヴィ)
第一〇章 ヨーロッパの価値と政治教育(ジャン・カークホフス)
参考文献
監訳者まえがき
本書『欧州統合とシティズンシップ教育――新しい政治学習の試み』は、Christine Roland-Le[eの上に´]vy and Alistair Ross (ed.), Political Learning and Citizenship in Europe, Trentham Books, 2003の全訳である。
本書はもともと、「子どものアイデンティティとシティズンシップに関するヨーロッパ的論点」というシリーズの一冊にあたる。すでに経済学習に関する巻はMerryn Hutchings, Marta Fulop, Anne-Marie Van Den Dries, Maria Fulop (ed.), Young People’s Understanding of Economic Issues in Europe, Trentham Books, 2002として、また社会学習に関する巻はBeata Krzywosz-Rynkiewicz and Alistair Ross(ed.), Social Learning, Inclusiveness and Exclusiveness in Europe, Trentham Books, 2004として公刊されている。本書は、シティズンシップ教育の中でも、とりわけ政治学習に着目した一巻なのである。このシリーズ全体の編者はアリステア・ロスであり、彼が執筆した「シリーズ・イントロダクション」には、この一連のシリーズに込められた意図や動機が描かれている。したがって本書の冒頭に、まずはその内容を記しておきたい。
ロスによれば、このシリーズは、エラスムス・プログラムのテーマ「ヨーロッパにおける子どものアイデンティティとシティズンシップ(Children’s Identity and Citizenship in Europe: CiCe)」と呼ばれるネットワーク・プロジェクトの活動から生み出されたものであるという。このネットワークには、ヨーロッパ二九カ国における九〇以上の大学の学部が参加しており、いずれも社会教育・政治教育・経済教育の分野で、子どもや若者たちを相手に働く将来の職業専門人の養成に関心を有する学部である。このネットワークは、一九九六年に始まり、一九九八年から欧州委員会の支援を受けるようになり、現在はヨーロッパにおいて将来の学校教師・青少年自立指導員(ユース・ワーカー)・社会教育士(ソーシャル・ペダゴーグ)・社会心理士を養成している多くの人々を結びつけるものへと発展している。
このシリーズの背景にある信念とは、次のようなものであるという。すなわち、現代のヨーロッパ社会は未曾有の変革期にあるため、そうした新たな状況に子どもたちの社会化の過程をいかに適合させたらよいのかを検証する必要がある。政治的・経済的・社会的変化が現在も進行中であり、このことは、これから起こる欧州統合を反映した多面的で重層的なアイデンティティを人々の中に発現させることになる。特に子どもたちは、この急速に変化する社会の中で成長しており、彼らの社会的な行動は、この新たに発展しつつある社会単位の様々な側面を映し出すことになるであろう。アイデンティティはこれまでとかなり異なったものになり、国家よりも下位の諸地域の存在や超国家的な連合体の存在によって新たな帰属意識が生じつつも、それと共にナショナル・アイデンティティが引き続き保たれることになるであろう。そのためシティズンシップの感覚もまた、従来とはかなり異なる形で発展することになる。つまり、これまでの国民国家に対する単一の帰属意識よりもはるかに複雑な、「入れ子」構造を持つ複合的な忠誠意識が育まれていくことになるのである。
ロスによれば、こうした状況の中で、学校の教師をはじめとした子どもたちや若者を相手に働く人々は、これから特別な役割を担うことになるという。彼らは、新たに現れる制度と若者自身がうまく関係を築いていけるよう支援し、同時に、親や祖父母たちが慣れ親しんできた伝統的な関係性や世代間の文化変容における自らの役割にも配慮できるよう、若者たちを導かなければならないであろう。
本書をはじめとしたこのシリーズは、学校教師・児童保育士・社会教育士(ソーシャル・ペダゴーグ)などの専門的・学問的な育成に関わる論点を論じることを意図して編集されている。若者を育成するこれらの職業人は、若者の社会化と社会理解をめぐる複雑な論点を理解する必要があるであろう。というのも彼らは、市民になろうと学んでいる若者を相手に働く必要があるからだ――その際の市民とは、伝統的な政治単位における市民であり、かつヨーロッパで現れつつある諸々の新しい政治体の市民でもある。
ロスのシリーズ・イントロダクションは、以上のように論じている。「多文化」化の進行するヨーロッパでは、異質な他者と共に生活していく際のスキルや寛容の精神を育むシティズンシップ教育が非常に大きな注目を集め、シティズンシップを専門に教える学校教員の養成さえも始まっている。グローバル化がますます進展する中で、ここ日本においてもそう遠くない日に、政治へ積極的に参加し社会を自ら作り上げていく能力の育成、多文化社会状況の中で宗教的・文化的出自の異なる他者との共生の作法を身につけさせることは、学校教育において必須の課題となるであろう。この訳書が、そうした問題を考える際にささやかな一助となることを願いたい。
本書は、福岡教育大学の教員が中心となって活動する市民性教育研究会の成果の一部である。本書の公刊にあたって、福岡教育大学から「平成一七年度教育研究活性化経費」による研究助成を受けることができた。本研究の意義を認め、研究活動を支援していただいたことに、深く感謝したい。
二〇〇六年 二月
訳者を代表して 中里亜夫・竹島博之
目次
第1章 イントロダクション―今日のヨーロッパにおける政治的成長
第2章 子どもたちの政治学習―「概念に基礎をおくアプローチ」対「論点に基礎をおくアプローチ」
第3章 市民としての思考と行動
第4章 歴史教育における自民族中心主義の叙述と「ヨーロッパの次元」
第5章 各国における「政治的になる」ということ
第6章 欧州連合シティズンシップに対する意識
第7章 第三世界からの難民や亡命者の子どもたちが必要とする社会・政治学習―アイルランドにおける小学校就学後の教育
第8章 今日のヨーロッパにおける若者、シティズンシップ、政治
第9章 領域帰属の新感覚を創造する手段としてのユーロ導入
第10章 ヨーロッパの価値と政治教育
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