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観光社会学―ツーリズム研究の冒険的試み

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  • サイズ B6判/ページ数 229p/高さ 19cm
  • 商品コード 9784750321189
  • NDC分類 689
  • Cコード C0036

出版社内容情報

誰もが自由に旅行するようになった今日、観光を通して社会のあり方を浮き彫りにすることができる。では社会学の手法によってどこまで観光現象に迫れるのか? 神戸、奈良、由布院、ハワイの調査分析を実例に観光社会学の可能性を提示。

まえがき
1 「観光社会学」の対象と視点――リフレクシブな「観光社会学」へ
 1 はじめに
 2 「観光社会学」の対象
 3 観光のオーセンティシティをめぐる視点
 4 視点の社会的編成――リフレクシブな「観光社会学」へ
2 観光の近代と現代――観光というイデオロギーの生成と変容
 1 はじめに
 2 観光の欲望の歴史性と汎時性
 3 近代と観光の欲望の社会的組織化
 4 近代観光の性格と聖なるものの枯渇
 5 個人化の進展と観光の変容
 6 ポストモダン文化と観光
 7 むすびにかえて
3 観光という「イメージの織物」――奈良を事例とした考察
 1 はじめに
 2 近代ツーリズムのプロトタイプとしての奈良――奈良を事例とする意義
 3 観光メディアとイメージの再生産
 4 ツーリストによるイメージの読解
 5 むすびにかえて――要約と今後の課題
4 日本人の海外旅行パターンの変容――ハワイにおける日本人観光の創造と展開
 1 はじめに
 2 日本人のハワイ観光創造期
 3 ハワイ映画と観光旅行解禁前のハワイ・イメージ
 4 海外観光旅行の解禁後のハワイ旅行ブー 要約と結論
あとがき

まえがき
 約二〇年前のことであるが、筆者(須藤)はチベットを旅したことがあった。中国が外国人旅行者を受け入れて間もないころだったので、日本語で書かれた信頼できる中国ガイドブックはほとんどなく、私は中国入国のルートであった香港の書店で簡単な英文のガイドブックを手に入れた。そのガイドブックには、漢民族が住んでいる地域について当時にしては詳しく紹介されていたのだが、外国人があまり行かない(というよりは行くことを禁じられていた)辺境地域についてはほとんど解説されていなかった。そのとき私は陸路でチベットまで行き、そこからバスでネパールに抜ける計画を立てていた。だが、外国人に禁止されていた陸路でのチベット行き、ましてやそこからネパールへ抜ける旅が成功する可能性はあまりないという情報を香港のゲストハウスで聞きつけて、陸路でのネパール行きはほとんどあきらめ、件のガイドブックだけを持って中国に入国してしまった。とりあえず列車で青海省のゴルムドまで行ってみると、なんと何の障害もなくラサまでのバスのチケットが買えてしまったのだ。五〇〇〇メートル近い山をいくつも越え、とんでもなく空気の薄いところで一泊させられ、高山病の高熱と乗りのまわりをうろうろするだけで、「観光地」巡りをせずに無為に過ごすしかなかった。せっかく持って行った重たい一眼レフのカメラのレンズをどこに向けたらよいかさえもわからなかった。そうしているうちに、同じゲストハウスに泊まっていたヨーロッパ系の若者が、私を不憫に思ったのか、帰国する前に英語で書かれた美しいカラー写真付きのガイドブックを私に残して行ってくれた。まさになくしていた眼鏡を見つけた気分であった。英文を読むよりも写真を見るだけで行きたい場所がすぐに決まった。
 当時、格安航空券に頼りながら物価の安い国々を、バックパックを背負って放浪するというのがある種の若者の流行であった。私もその中の一人で、他人があまり行っていないところを旅行した経験をマイナーな旅行雑誌に載せたりすることで得意がったりしていた。そして、当時のバックパッカーの間ではありがちなことなのだが、そのころ世界中どこにでも繰り出すようになっていた団体観光客を見下していたところがあり、旅行代理店やメディアの情報に頼って行う旅行では「本物」にふれることはできないと思っていた。バックパッカー仲間が集まると、「本物」の旅について語り合った。D・J・ブーアスティり、体験したりすることではない(近代以前の観光においても私は同様であると思うのであるが、ここでは話を「現代」に限定しよう)。観光という幻想の体験の仕方(あるいはその演出の仕方)においてはさまざまな形態があり、それらの中で深さや強度の違いがあるだけである。
 ガイドブックを手に入れた私は、さっそく朝早くラサ郊外の丘陵に鳥葬を見に行った。チベットの「本物」の生活文化に触れたかった。しかし、鳥葬見物の私たち外国人観光客は葬儀に参列している家族や葬儀屋から歓迎されなかった。我々を見て怒った葬儀屋が我々に向かって石を投げつけてきたのだ。「これは見せ物なんかじゃないぞ」と言いたげだった。我々は岩陰に隠れながら遠巻きに「見学」させてもらったが、こういう「まなざし」は送る方もあまり心地よいものではなかったし、受ける方はなおさらだったろう。『ホストとゲスト』の中でナッシュが言うように[Nash 1989: 37-52]、観光客とローカルとでは、生きる文化の文脈が違うのだ。いわんや葬儀においてをや、である。石を投げつけたのは、葬儀屋がそのことを察知したからだろう。あのとき私は、「本物」を見ているような気がしなかったことを今でも覚えている。
は、社会学の枠組みから観光にどこまで迫れるか、またそこからどこまで行けるのか、私たちの冒険の記録のつもりである。私たちは、まだ冒険のほんの入り口にさしかかったところかも知れないのであるが。
 この本の構成は、一、二章が理論編であり、三章から先が理論の切れ味を試す章である。須藤が偶数章、遠藤が奇数章を担当した。私たち二人の著者は、本全体のテーマに関しては論理を共有しているつもりである。しかし、個々の事例やフィールドの分析に関しては、当然であるがそれぞれの個性を出そうと考えた。私たちは協力しつつ、これからも社会学で観光にどこまで迫れるかの冒険を続けるつもりである。
 調査やフィールドワークに際しては、数多くの方々の御協力をいただいた。ここにあらためて感謝の意を表したい。

須藤 廣

目次

1 「観光社会学」の対象と視点―リフレクシブな「観光社会学」へ
2 観光の近代と現代―観光というイデオロギーの生成と変容
3 観光という「イメージの織物」―奈良を事例とした考察
4 日本人の海外旅行パターンの変容―ハワイにおける日本人観光の創造と展開
5 神戸の観光空間にひそむ「風景の政治学」
6 田園観光と「ロマン主義的まなざし」―由布院地区調査から見た観光客と地元業者の「まなざし」
7 脱近代的なライフスタイルをつくる観光経験

著者等紹介

須藤広[スドウヒロシ]
1953年栃木県足利市生まれ。東京外国語大学英米語学科卒業。高校教員を経て、日本大学大学院人文科学研究科博士後期課程社会学専攻単位取得退学。北九州市立大学教授。領域は社会意識論、文化社会学、観光社会学

遠藤英樹[エンドウヒデキ]
1963年生まれ。関西学院大学大学院社会学研究科後期博士課程社会学専攻単位取得退学。奈良県立大学地域創造学部助教授。領域は観光社会学、社会学理論、社会調査法
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