内容説明
本来、教師も児童も共々に、自ら納得のいく「学習法」を開拓して生きる「学習者」としてある。本書は、著者によせられた有田和正氏を初めとする多くの批判に答えるとともに、そういった「学習者中心」の教育観に立た「腰の強い授業」のあり方を、著者自身の名授業の記録を示しつつ明快に詳述。技術主義に抗し、授業の本道を説く。
目次
第1章 長岡実践への批判に答える
第2章 実践研究の歩み
第3章 腰の強い授業
第4章 追究の鬼―執拗な追究と人間的深まり
第5章 どの子もよく話し、よく書ける子に
第6章 授業研究
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
Eiichi
1
今年163冊目。読み応えのある本だった。 単なる社会科の教育書ではない。 人間理解の上に社会科が乗っている。 そして、人間理解は表面的な人間理解ではない。 子どもにとって切実性のある教材、授業。 人間理解が授業を深め、授業が人間理解を深める。 毎日帳という、今でいうなら自学ノートのようなものも実践されている。 長岡文雄氏の真似が有田和正氏であると思ったが、いや長岡氏の真似ではないのではないか(追究の鬼は長岡氏の言葉であるが・・・)。 人間理解をどのような考え方で実践されているのか、さらに読みたくなった。2015/09/18
松村 英治
0
授業を通してどんな子供を育てたいのかを明確にもっておくことの大切さ。2020/04/10
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- 洋書
- Conceção …