目次
第1部 ハイデッガー・現象学・解釈学(「退屈」の現象学―現代人と自由な時間の行方;フッサールとハイデッガー―「同じ世界」の内と外;ミッシュとハイデッガー―忘却された「生産的な思想交流」;デリダとハイデッガー―signeの固有性をめぐる政治学)
第2部 近代哲学とハイデッガー(「方法の勝利」―ニーチェ最晩年の一断片に関するハイデッガーの解釈;否定と存在―ヘーゲルとハイデッガー;ハイデッガーとヘーゲル―「存在は無である」をめぐって;媒介と遂行―ハイデッガーとフンボルトにおける言語の問題)
第3部 哲学の伝統との「対話」(ハイデッガーの「洞窟の比喩」解釈―見ることの自己忘却をめぐって;ハイデッガーとヒューマニズム批判の問題―理性的動物から現‐存在への変化;「自己する」自己:「自己」という「事態」―ハイデッガーと西田哲学;西谷啓治とハイデッガー―ニーチェ解釈をめぐって;ハイデッガーにおける学問と政治―『ドイツ大学の自己主張』再読)
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
うえ
8
鹿島徹「西谷啓治とハイデッガー」が収録。西谷は1937年から二年ハイデッガーの元で学んだ。ハイデッガーはニーチェに取り組んでおり40年頃には、形而上学の完成としてニヒリズムの極限形態だと捉える。39年に帰国した西谷はハイデッガーの帰趨を知ることなく49年に『ニヒリズム』を刊行するが、ニーチェをニヒリズムの自己克服であり大乗仏教の「空」だと対照的に捉えてしまう。ただニーチェを大乗仏教に通底する物という解釈は既に1889年の雑誌『太陽』にもあり、問題は「なぜ人は仏教的にニーチェを捉えようとするのか」だという。2022/07/27
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