内容説明
永平寺を拠点として、厳しい修行と出家主義を貫いた道元。中国に渡り如浄に会って悟りを開く。比叡山から生まれた禅と道元禅の相違、「正法眼蔵」、因果と業などを通して、現代における主体的な生き方とは何かを学ぶ。
目次
1 孤高の意味するもの
2 比叡山で生れた日本の禅宗と道元の仏法
3 道元の出逢いと仏法
4 中国の禅宗と道元の仏法
5 道元の清規―修行生活のマニュアルへの批判
6 なぜ『正法眼蔵』は仮名書きで遺されたか
7 道元と現代思想
8 自己をならう「因果」
著者等紹介
中尾良信[ナカオリョウシン]
1952年、兵庫県に生まれる。1980年、駒沢大学大学院仏教学専攻博士後期課程満期退学。現在、花園大学教授。曹洞宗清久寺(兵庫県稲美町)住職
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
Go Extreme
1
孤高の意味するもの: 祇管打座と本証妙修 道元がみたもの 比叡山・日本の禅宗と道元の仏法: 栄西と能忍の禅 鎌倉期の兼修禅 道元と叡山仏教 道元の出逢いと仏法: 道元と明全・栄西門流 北越入山後の活動 示寂とその後の僧団 中国の禅宗と道元の仏法: 入宋求法への道 南宋の禅宗 如浄との相見・示寂と帰国 道元の清規: 中国清規の成立 栄西・円璽と蘭渓の清規観 なぜ正法眼蔵は仮名書きか 道元と現代思想: 有時と時間軸 仏性と人間的本質 道元の非決定 而今という記号 自己をならう「因果」: 釈尊・道元禅師の因果観2024/09/19
マウンテンゴリラ
1
本当の仏教の教え、いわゆる正法と言うものが、実際に釈迦が説いたとされる言葉だけでは計り知れない。もちろん、太古の昔に生きた人でもあり、自ら大部の著書や経典を残したわけでもない。そのような、伝説としてではなく、苦悩の中で人間たる者の道を説こうとした生身の人間である釈迦に深い信仰を示した偉人。本書を読んで、漠然とではあるが、道元とはそのような人であったのではないかと感じた。その信仰とは、闇雲に経典をなぞることでもなく、ましてや、似非宗教家のごとく、断片的な教義に都合のよい解釈を施すなどとは全く異なる。→(2)2019/02/12




