内容説明
なぜ源頼朝は坂東武士団を糾合し、鎌倉幕府を開くことができたのか。紛争調停者としての河内源氏の東国進出と、土着した軍事貴族や受領・郎等の末裔たちとのかかわりをダイナミックに描き、幕府成立の基盤を探る。
目次
頼朝、鎌倉に入る―プロローグ
武門源氏の成立(源氏の坂東進出;源頼信と平忠常の乱;前九年・後三年合戦と坂東武士)
院政期の源氏と坂東(源氏庶流の北坂東進出;源為義の闘い;武家の棟梁の成立)
鎌倉幕府の草創(平家政権下の坂東武士団;「一所傍輩」のネットワーク;源頼朝の挙兵)
頼朝政権の実態―エピローグ
著者等紹介
野口実[ノグチミノル]
1951年、千葉県に生まれる。1981年、青山学院大学大学院文学研究科史学専攻博士課程修了(文学博士)。京都女子大学宗教・文化研究所教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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nagoyan
8
優。河内源氏の台頭と分裂、そして頼朝による幕府草創に参画した坂東武士団の実相を描く。おそらく再読。在地武装集団の調停者として中央軍事貴族が地方において勢力を扶植すると、その中央軍事貴族が在地勢力化しつつ、さらに新に中央権門と結びついた中央軍事貴族の調停下に置かれる。中央軍事貴族は在地に勢力を扶植しつつも中央権門との関係を維持し、また地方軍事貴族も中央軍事貴族への奉仕のため在京する機会を通じて独自に全国ネットワークを形成していく。本書を東国、「列島を翔ける」を西国と読んでも大過あるまい。2017/07/22
mawaji
7
「これをしたのは『なにトモ』だったっけナ」と混乱しがちな鎌倉幕府ですが大河ドラマの参考にもなるであろうと期待して手に取りました。荒くれ者の集団と勝手に思い込んでいた坂東武士でしたが、京武者との提携や京都貴顕との婚姻など中央との結びつきもあったりで、そんな「貴種」としての権威づけがあったから流人の頼朝が地方社会でここまで崇め奉られたという理由もよくわかりました。上総広常が出てきた章では佐藤浩一の顔がチラついてしょうがありませんでした。鎌倉武士の鏡(鑑?)として知られる畠山重忠が中川大志というのも頷ける感じ。2022/02/25
綱成
5
なぜ鎌倉だったのか?を疑問に思い購入しました。頼家、義家の前九年の役、後三年の役から続く源氏というブランドと当時の領地争いの解決策など様々な観点から関東における源氏の役割が理解できました。千葉氏、上総氏の記載が多いと感じましたが、著者が千葉出身かつ興味のベクトルが千葉氏みたいです。また、源氏への興味がより湧きました。2015/04/18
MUNEKAZ
4
歴代の源氏と東国の関わりを描いた一冊。京下りの源氏がその貴種性から東国武士たちの調停者として君臨したように見えるが、同時に東国武士たちも源氏の権威を利用して自己の所領を広げていった。ときには在地化した源氏と対立し、また京に上って他地域の武士たちと触れ合うことで独自のネットワークを築いていく。そしてこうした関わりの行きつく先に鎌倉幕府があったというのは、納得できる話であった。2016/01/15
綱成
4
源頼義の姿、能力こそが坂東武者の求めた人物像のように感じました。自分の所領を守るために、武力だけでなく、権威や権力、それらを含めて頼朝という存在は坂東武者にとって大きかったのだと実感しました。皮肉なことに求めた坂東武者は鎌倉政権下ではほとんどが生き残ることが出来なかった点。頼朝は頼朝で彼らの武力を利用しただけだったのかもしれません。2016/04/07