歴史文化ライブラリー
関東大震災と戒厳令

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  • サイズ B6判/ページ数 205p/高さ 19cm
  • 商品コード 9784642055628
  • NDC分類 210.69
  • Cコード C0320

内容説明

大震災直後の戒厳令下、6000名以上の朝鮮人や700名以上の中国人らが殺害された。軍隊と警察は、流言蜚語(デマ)に惑わされた民間人の自警団による虐殺を抑制する側だったのか?デマの出所等から、隠された真実を暴く。

目次

戒厳令下の軍隊(戒厳司令部設置前の状況;戒厳司令部設置後の状況)
軍隊と朝鮮人・中国人虐殺(虐殺数の解明をめぐって;陸軍の対応;海軍の対応;軍人による虐殺の実態)
「三大テロ事件」と流言蜚語(「三大テロ事件」と歴史的背景;流言蜚語をめぐって)
自警団と地域社会(自警団の実態;虐殺が起きなかった地域―南多摩郡日野町・七生村)

著者等紹介

松尾章一[マツオショウイチ]
1930年、朝鮮京城府に生まれる。1962年、法政大学大学院博士課程単位修得。1971年、文学博士。現在、法政大学名誉教授
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

感想・レビュー

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那由田 忠

20
通説では朝鮮人が6千、中国人が7百虐殺された。中国は独立国だったのでかなり正確に調べられたが、植民地だった朝鮮人については調査が今も不十分。大災害時とはいえ平時だから、この規模で自警団に大多数が殺されるのはきわめて異常である。その異常さを感じていないように見えるのが最も不思議。在郷軍人によって自警団が結成され一定の武装が行なわれたとしても、実際に朝鮮人集団を見つけたとき、非武装な人々を殺害する理由や状況が全く見えない。武装⇒殺害の因果関係では説明できないはず。2021/01/27

おたきたお

1
関東大震災下で起こった朝鮮人虐殺がどのように起こったか、を検証した著書。1910年の日韓併合以後、朝鮮人の労働力が徐々に増えていった(しかもそれは日本の要請でそうなった)状況で、それに対して不信・不満を持つ階層が徐々に増えつつあった。その殆どの人々は直接朝鮮人とは関わりがなかった。震災直後各地に自警団ができ、それらが虐殺の主力となった。マクロに見ると、官僚組織の末端である警察官に対する不信感と、「国民の」軍隊に対する信頼が入れ替わった時期が1923年であるとのこと。その22年後に日本は連合国に敗戦する。2006/01/01

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