内容説明
中国・青海省のチャプチャという小さな町にある青海民族師範高等選科学校で、ひょんなことからチベットの学生に日本語を教えることになった日本人教師の孤軍奮闘の物語。チベット語と日本語の文法の近似性に着目し、漱石の『坊っちゃん』の翻訳を授業で取り上げ、時に笑い、時に怒りながら育んだ、チベット人学生たちとの心の交流を描く。
目次
序章 拝啓、さだまさし様
第1章 チベットとの出会い
第2章 チベット留学
第3章 チベット語の可能性
第4章 チベットの坊っちゃん先生
第5章 息を吹き返したチベット語
第6章 別れの時
著者等紹介
中村吉広[ナカムラヨシヒロ]
1958年、福島県いわき市に生まれる。4歳のとき、父親の転職で長野県上田市に転居、言葉の壁を知る。東洋大学哲学科卒。在学中、欧州文化の理解のためにイスラエルのキブツへ。その後、海外放浪を続け、帰国後、塾講師、塾経営などを経て、日本語教師免許を取得。チベット仏教の研究を進めるうちに、中国・青海省チャプチャの青海民族師範専科学校に語学留学し、2001年から日本語講師に就任。2002年3月、帰国。現在、ブログ「旅限無」を開設中(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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春猫
2
生徒達が『坊っちゃん』をどう思ったかが知りたかったのに、周辺の回想が大半をしめていて残念だった。しかしチベット語が危ういということは痛いほどわかった。2012/05/12
河野孝之
0
さだまさしの「防人の歌」のことがプロローグにあり、著者がチベット留学をめざすきっかけから語っており、チベット語と日本語が両方とも膠着語(ヨーロッパ言語のように語形変化によらず、「てにをは」等の助詞によって言葉をつなぐ言語)であることを見い出し、留学生から日本語教師になっていく過程やチベットの文化や歴史にも費やされれていてなかなか「坊っちゃん」にたどり着かないのが、中国でもてはやされている多説、多聴、多看という言語教育に対する批判に説得力があった。「坊っちゃん」の翻訳は完成せずに著者は帰国するのだが…。2013/07/16
Hisatomi Maria Gratia Yuki
0
異文化体験記みたいな語り口かと思ったら、オウム真理教の間違ったチベット仏教観を踏み台に、日本と似ているようで違うチベットの仏教観が丁寧に概観されるところから話は始まる。この仏教観の違いが日蔵翻訳でも齟齬を来たしたり、逆に著者が日蔵の言語の共通点に着目したりと、文化人類学的、言語学的にもめちゃくちゃ面白い「冒険の書」でもある。本家の「冒険の書」と異なり、著者と生徒たちの記憶はそうそう簡単には消えないし、消えたように見えても、著者が編み出した「チベット人専用のアイウエオ表」によっていつでも呼び出し可能だ。 2013/07/06
すいか
0
とても面白かった。チベット現代史の一場面2010/08/16




