ヤマケイ文庫<br> なんで山登るねん―わが自伝的登山論

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ヤマケイ文庫
なんで山登るねん―わが自伝的登山論

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  • サイズ A6判/ページ数 365p/高さ 15cm
  • 商品コード 9784635047777
  • NDC分類 786.1
  • Cコード C0175

内容説明

冬の剱岳での遭難体験、黒部川源流での釣りと焚き火の日々、京都北山でのひとりぼっちの夜…。そこに描かれた体験と思索の数々は、山のきびしさ、やさしさ、愉しみ、苦しみを伝えながら、さらに「生きる」意味までをも読者に考えさせようとしている。長い間、教育者として活躍してきた著者ならではの山に対する鋭い視点を、京都弁でやさしく包んで描いた青春の書にして文明批評の書。

目次

出会いのひととき 物語の始まり
初めてのスキー 私は鳥になった
山仲間芝ヤンの死 本当の雪山を知った
芝ヤンは死んだ ぼくは生きのびた
祖父平の一週間 おばあちゃんっこに還る
岩魚釣と岩登り 一緒にでけへんやろか
風雪の東大谷登攀 オソロシサと親しみの谷間
一人ぼっちの低山歩きは“白い馬”にのって
山で得た美しい経験は美しい記憶のままで
いきがりのカッコマンとまともな変人ドクター〔ほか〕

著者等紹介

高田直樹[タカダナオキ]
1936年京都生まれ。京都府立大学卒。同大学山岳部OB。国際登山家。教育評論家。大学卒業後、京都府立高等学校で化学の教鞭をとるかたわら、登山や教育についての執筆評論活動を行なう。主な登山活動は、厳冬期剱岳東大谷G1初登攀、積雪期前穂高岳屏風岩第1ルンゼ第2登、剱岳八ッ峰六峰Bフェース京都府立大ルート初登など。1967年文部省登山研修所設立時から以後10年間研修所インストラクターを務めた。また、海外ではカラコルム、旧ソ連コーカサス、中国など各地の未踏峰へ、隊長として数多くの登山隊の指揮をとる(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。

Shoji

63
雑誌『山と渓谷』に1975年から1977年に連載された山にまつわるエッセイ。山と言ってもハイキングとかトレッキングではなく、あくまで登山。硬派なのである。当時、当然インターネットもなければ、ゴアテックスという素材もなかったであろう。もちろんGPSなんてものはSFの世界。だからか、書かれていることがバンカラなのだ。でも、ユーモアたっぷりに書かれており、楽しく読むことが出来ました。2017/09/19

goro@the_booby

43
40年も前に山と渓谷に連載されて文庫化されたものだけど、読みながら今も変わらないなぁと思えた。山の難しい話じゃなくて当時の世相とかね。京都弁の文章がゆるい感じて良いわ。なんで山登るねん?との問いは各自それぞれって事で良いわいね〜。テント張って釣りして過ごしたいけど釣り出来ひんなぁ🎣2019/07/19

roatsu

25
なんでもっと早くに読まなかったかなーと反省しつつ貪るように読了。初版は70年代だけれど些かも色褪せず、今もみずみずしく読み手の感性を刺激するご自身の登山と人生の軌跡。ハッとする考え方や洞察に満ちている。高田さんが仲間と盛んに岩や山を攀っていた往時の登山が持つ大らかさや自由さ、日本人のプリミティブなタフさは今日から見れば眉を顰めるような点もあるにせよ何とも羨ましく眩しい。同世代の父から聞いた若き日の登山模様が思い浮かぶ。有機的な自然が山頂まで詰まった日本の山に無機的な西洋型登山概念を輸入した混乱について述べ2017/10/01

KK

4
登山に対する解釈は極めて俗人的だが、一人で登ることはつまらない。自分と何かをすり合わせるようにして自己の満足を追求する登山は、どこかで何かを我慢しているのかもしれない。本書を読んでみて、著者の強い様で、時として心が揺らぐ描写が興味深かった。1970年代といえばすでに半世紀近く前の話だが、心の在り方は今と変わらない。2018/05/31

つちのこ

3
1979年頃、単行本で読了。『山と渓谷』誌上で連載されていたので、毎号楽しみに読んでいた。

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