社会はどこにあるか―根源性の社会学

個数:

社会はどこにあるか―根源性の社会学

  • ウェブストアに2冊在庫がございます。(2022年07月06日 06時34分現在)
    通常、ご注文翌日~2日後に出荷されます。
  • 出荷予定日とご注意事項
    ※上記を必ずご確認ください

    【ご注意事項】 ※必ずお読みください
    ◆在庫数は刻々と変動しており、ご注文手続き中に減ることもございます。
    ◆在庫数以上の数量をご注文の場合には、超過した分はお取り寄せとなり日数がかかります。入手できないこともございます。
    ◆事情により出荷が遅れる場合がございます。
    ◆お届け日のご指定は承っておりません。
    ◆「帯」はお付けできない場合がございます。
    ◆画像の表紙や帯等は実物とは異なる場合があります。
    ◆特に表記のない限り特典はありません。
  • ●店舗受取サービス(送料無料)もご利用いただけます。
    ご注文ステップ「お届け先情報設定」にてお受け取り店をご指定ください。尚、受取店舗限定の特典はお付けできません。詳細はこちら
  • サイズ B6判/ページ数 381p/高さ 20cm
  • 商品コード 9784623080205
  • NDC分類 361.04
  • Cコード C3036

出版社内容情報

社会はいつ,どのようにして立ち現れ 社会学はどのような場所ではじまるのか。感覚と想像力を問いなおす透徹した思考社会学の研究対象は社会である。だが、社会とはそこに「ある」ものとしてとらえることができない。社会はいったいどこに立ち現れ、社会学はどのようにはじまるのか――。

本書は、根源的ともいえるこの難題と正面から向きあう、創意に満ちた知的探索である。

 ? 社会が姿をあらわすとき



第1章 社会を剥ぎ取られた地点──「無媒介性の夢」をめぐるノート

 1 はじめに

 2 「無媒介性」の夢

 3 もうひとつの「無媒介性」

 4 暴力・権力・媒介性

 5 おわりに



第2章 没頭を喪失した社会──「社会学」の位置をめぐって

 1 はじめに──「参加」と「距離化」

 2 「没頭」の喪失──「感情」とくに「笑い」を例として

 3 モダニティと「距離化」──理論社会学的考察

 4 おわりに──「没頭」への契機?



第3章 社会という不条理/社会という無根拠

 1 はじめに──社会の「蒸発」あるいは「液状化」によせて

 2 社会という「不条理」──「社会」が立ち現れるとき

 3 社会という「無根拠」──「精神の無力」の先取り

 4 「不条理」と「無根拠」のあいだ──ある反転

 5 おわりに──なにが消滅したのか/なにが過剰なのか





 ? 社会学がはじまる場所



第4章 「社会の科学」と「社会の理想」──あるいは、ふたりのデュルケーム

 1 はじめに──「社会の科学」と「社会の理想」

 2 「社会学」と「社会主義」──ボルドーのデュルケーム

 3 道徳・宗教・「社会の魂」──ソルボンヌのデュルケーム

 4 おわりに──ふたりのデュルケームのあいだ



第5章 距離のユートピア──ジンメルにおける悲劇と遊戯

 1 はじめに──ジンメルにおけるふたつの問題系

 2 社会学的悲劇の構図──個人と社会

 3 遊戯・距離・ユートピア──社交と貨幣

 4 差異の個人主義のために──「自由」のふたつの理想



第6章 亡命者たちの社会学──ラザースフェルドのアメリカ/アドルノのアメリカ

 1 はじめに──亡命者たちとアメリカ

 2 ニューヨークのラザースフェルド──民主主義と資本主義のアメリカ

 3 ニューヨークのアドルノ──ラジオとジャズのアメリカ

 4 ロサンゼルスのアドルノ──塞がれた耳と縛られた身体

 5 おわりに──アドルノのアメリカ





 ? いくつもの声が響き合う



第7章 もしも世界がみんな構築主義者だったら──構築主義社会における構築主義社会学

 1 構築主義社会と構築主義社会学

 2 相対化とは別の場所へ──「構築主義批判・以後」報告をめぐって

 3 構築主義が作る社会──共同性から公共性へ?

 4 もうひとつの問いかけ



第8章 「スポーツする身体」と「教える/学ぶ身体」の交わるところ──スポーツと体罰をめぐるふたつの問題系

 1 はじめに──ふたつの身体と暴力

 2 「スポーツする身体」と暴力──エリアスの問題系

 3 「教える/学ぶ身体」と暴力──ベイトソンの問題系

 4 「スポーツを教える身体」と暴力──いくつかの問題提起



第9章 共同体の外に立つ──「日本の社会学理論」と「普遍」についての試論

 1 日本の社会学を英語で伝える──三つのエピソードから

 2 物差しをつくり直す──ジラールと作田のあいだ

 3 共同体の外に立つ──普遍を書き換える普遍/普遍を突き破る普遍





あとがき

参考文献

索  引

奥村 隆[オクムラ タカシ]
2017年5月現在 関西学院大学社会学部教授

内容説明

社会学の研究対象は社会である。だが、社会とはそこに「ある」ものとしてとらえることができない。社会はいったいどこに立ち現れ、社会学はどのようにはじまるのか―。本書は、根源的ともいえるこの難題と正面から向きあう、創意に満ちた知的探索。

目次

1 社会が姿をあらわすとき(社会を剥ぎ取られた地点―「無媒介性の夢」をめぐるノート;没頭を喪失した社会―「社会学」の位置をめぐって;社会という不条理/社会という無根拠)
2 社会学がはじまる場所(「社会の科学」と「社会の理想」―あるいは、ふたりのデュルケーム;距離のユートピア―ジンメルにおける悲劇と遊戯;亡命者たちの社会学―ラザースフェルドのアメリカ/アドルノのアメリカ)
3 いくつもの声が響き合う(もしも世界がみんな構築主義者だったら―構築主義社会における構築主義社会学;「スポーツする身体」と「教える/学ぶ身体」の交わるところ―スポーツと体罰をめぐるふたつの問題系;共同体の外に立つ―「日本の社会学理論」と「普遍」についての試論)

著者等紹介

奥村隆[オクムラタカシ]
1961年徳島県生まれ。1990年東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学、博士(社会学)。千葉大学文学部講師・助教授、立教大学社会学部教授を経て、関西学院大学社会学部教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

この商品が入っている本棚

1 ~ 1件/全1件

感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

ぷほは

2
「もし世界中の人間が構築主義者だったら」どうなってしまうのか。あるいは「もし世界中の人間が社会学者のように自明性を疑うなら、職業としての社会学者たちは廃業するのか」。筆者が感じる「既に自明性を相対化した学生か、まず自明性を身につけていない学生」しかいない大学という現状把握は共有しつつ、この問いには違う方向から考えてみたい。後者は「人々の社会学者化」を社会現象/社会問題として分析して本を書いてしまえばいいのだろう。前者は、相対主義者と懐疑主義者を区別して、後者の立場から判断を保留するという手がありそうだが。2017/10/19

Squatter

0
今年1良かったかもしれない…。c1、ルソー(仏革)の「無媒介性」→同類を集める一方で他者を遠ざける(ex一般意志は敵対する特別意志が必要)↔︎アーレント(米革):×他者への暴力◯権力(人間の多数性→公的領域) c2、「笑う」(すでに「没頭」していない)→「ウケる」(二重の「距離化」する現代)↔︎ルソー「共苦」⇒「再帰的近代」(偶発的、不安を惹起⇒観察する自己を観察)⇒社会学は何を?:距離化「からの」距離化(「まぁわからなくてもいいかな」) c3、一切は相対的⇒不条理、無根拠=再帰性の「外部」⇒ ×目的合理2018/11/25

外部のウェブサイトに移動します

よろしければ下記URLをクリックしてください。

https://bookmeter.com/books/11911089

ご注意
リンク先のウェブサイトは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」のページで、紀伊國屋書店のウェブサイトではなく、紀伊國屋書店の管理下にはないものです。
この告知で掲載しているウェブサイトのアドレスについては、当ページ作成時点のものです。ウェブサイトのアドレスについては廃止や変更されることがあります。
最新のアドレスについては、お客様ご自身でご確認ください。
リンク先のウェブサイトについては、「株式会社ブックウォーカー」にご確認ください。