アンネ・フランクはひとりじゃなかった―アムステルダムの小さな広場 1933‐1945

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アンネ・フランクはひとりじゃなかった―アムステルダムの小さな広場 1933‐1945

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  • サイズ 46判/ページ数 400p/高さ 20cm
  • 商品コード 9784622090908
  • NDC分類 316.88
  • Cコード C0022

出版社内容情報

ヒトラーが政権を掌握した1933年、アンネの母親エーディトは、母国ドイツからアムステルダムに家探しにやってきた。物語はここから始まる。
ドイツは1940年にオランダを占領、そしてフランク一家が隠れ家に消えるのはその2年後だ。しかし潜伏までの約8年間、アンネは家の前のメルウェーデ広場を親友たちと「少女ギャング」よろしく闊歩し、小さな子供たちの世話をやき、隣人たちと豊かな時間を過ごしていた。
一方、アンネの親友たちとその家族はどうなったか。外国に脱出する一家もあったが、大半は拘束され、収容所に送られた。
著者は、この広場でかつてくり広げられたユダヤ人住民の日常、祭り、迫害、密告、抵抗の一部始終を、元住民へのインタビューや史料の渉猟から再現する。大きな歴史を反映した、小さなコミュニティの物語だ。

内容説明

ヒトラーが政権を掌握した1933年、アンネの母親エーディトは、母国ドイツからアムステルダムに家探しにやってきた。物語はここから始まる。ドイツは1940年にオランダを占領、そしてフランク一家が隠れ家に消えるのはその2年後だ。しかし潜伏までの約8年間、アンネは家の前のメルウェーデ広場を親友たちと「少女ギャング」よろしく闊歩し、小さな子供たちの世話をやき、隣人たちと豊かな時間を過ごしていた。一方、アンネの親友たちとその家族はどうなったか。外国に脱出する一家もあったが、大半は拘束され、収容所へ送られた。著者は、この広場でかつてくり広げられたユダヤ人住民の日常、祭り、迫害、密告、抵抗の一部始終を、元住民へのインタビューや史料の渉猟から再現する。大きな歴史を反映した、小さなコミュニティの物語だ。

目次

1933 最初のドイツ系ユダヤ人住民
1934 新しい生活
1935 明暗こもごも
1936 新たな隣人たち
1937 休息のオアシス
1938 募りゆく不安
1939 迫りくる戦争
1940 開戦の年
1941 一斉検挙のはじまり
1942 東方への移送
ユダヤ人住民狩り
不安、飢餓、極寒
「解放」

著者等紹介

フェルフーフェン,リアン[フェルフーフェン,リアン] [Verhoeven,Rian]
アムステルダム自由大学で歴史学を専攻。アンネ・フランク・ハウスや第二次世界大戦関係の組織に20年以上勤務し、アンネ・フランク、第二次大戦関連の研究をおこなう。著書、Anne Frank Beyond the Diary(共著、1995)は、ALA Notable Book,A YALSA Best Book for Young Adultsなどに選定される。2003年以来、本書の舞台であるメルウェーデ広場に住む

水島治郎[ミズシマジロウ]
東京大学教養学部卒業。1999年、東京大学大学院法学政治研究科博士課程修了。甲南大学法学部助教授などを経て、千葉大学大学院社会科学研究院教授。専攻はオランダ政治史、ヨーロッパ政治史、比較政治。著書に『反転する福祉国家:オランダモデルの光と影』(岩波書店、2012、第15回損保ジャパン記念財団賞)、『ポピュリズムとは何か:民主主義の敵か、改革の希望か』(中公新書、2016、第38回石橋湛山賞)。他に共著・編著多数

佐藤弘幸[サトウヒロユキ]
東京外国語大学卒業。1971年、一橋大学大学院経済学研究科博士課程修了。東京外国語大学教授を経て、同大学名誉教授。専攻はオランダ語。オランダ史(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー

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ぐうぐう

43
アンネ・フランクは隠れ家で日記を書き続けたが、隠れ家に潜伏する前から日記は書かれていた。1942年6月、アンネ13歳の誕生日に日記は父・オットーからプレゼントされた。その時フランク一家は、アムステルダムにあるメルウェーデ広場の住宅街で暮らしていた。1933年末、ドイツから逃れるようにオランダに越してきたフランク一家同様、そこには多くのユダヤ人達が住んでいた。隠れ家以前にも、いや、日記が書かれる以前にもアンネの暮らしはあった。その当然のことに、私達はなかなか思い至らない。(つづく)2023/01/31

つちのこ

27
アムステルダムの一等地に建設されたメルウェーデ広場を中心とする集合住宅群には、ドイツを追われたユダヤ人の富裕層が移住しコミュニティを形成していたという。本書はアンネ・フランクを始め、一部の恵まれたユダヤ人たちの安息の場として、それを象徴するメルウェーデ広場を取り巻く人間模様と迫害の実態を時系列に描いている。やがて移送されていく収容所と、自由と幸福の象徴であった広場とのギャップが、登場する人々の波乱の人生と重ね合わせ、読み応えがある。広場に住まうユダヤ人住人と広場とは縁がない困窮するユダヤ人難民や⇒2022/09/06

uniemo

19
今までアウシュビッツに関するノンフィクション等を読みホロコーストに対する恐ろしさを感じていました。本作は少しそれらと違い、アムステルダムのアンネも暮らしていた、ある広場に隣接した集合住宅に住むドイツからの避難民全体を年代を追いながらたどっていきます。普通の暮らしをしていた、ユダヤの血をもつ以外共通項もない様々な立場の人たちが次々と収容所に入れられるか、自分から隠れるためにその住宅に住み続けることができなくなり、戦後収容所を生き残った人が殆どいないことにホロコーストを詳細に語る本とも違った戦慄を感じました。2022/10/12

takao

2
ふむ2022/11/23

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