見えるものと見えないもの 新装版 - 付・研究ノート

個数:
  • ポイントキャンペーン

見えるものと見えないもの 新装版 - 付・研究ノート

  • ウェブストア用在庫がございますが僅少です
    (※複数冊ご注文はお取り寄せとなります)
  • 出荷予定日とご注意事項
    ※上記を必ずご確認ください

    【出荷予定日】
    ■通常ご注文日の翌々日~4日後に出荷

    【ご注意事項】 ※必ずお読みください
    ◆在庫状況は刻々と変化しており、ご注文手続き中やご注文後に在庫切れとなることがございます。
    ◆出荷予定日は確定ではなく、表示よりも出荷が遅れる場合が一部にございます。
    ◆複数冊をご注文の場合には全冊がお取り寄せとなります。お取り寄せの場合の納期や入手可否についてはこちらをご参照ください。
    ◆お届け日のご指定は承っておりません。
    ◆「帯」はお付けできない場合がございます。
    ◆特に表記のない限り特典はありません。
  • ●店舗受取サービス(送料無料)をご利用いただけます。
    【カートに入れる】を選択後に全国店舗の中からお受け取り店をご指定下さい。詳細はこちら
  • ●この商品は国内送料無料です。
  • サイズ A5判/ページ数 512p
  • 商品コード 9784622086161
  • NDC分類 135.5
  • Cコード C3010

出版社内容情報

1961年5月3日、メルロ=ポンティはパリの自宅で大著『見えるものと見えないもの』を執筆中、突然襲った心臓麻痺のため、急逝した。「へーゲル以後」を生きる哲学者として、「非・哲学」を自らのスタイルとし、身体・言語・芸術等を手がかりに、世界のうちに生きながら、世界について考え、世界を語ることの意味を徹底して考えぬいたこの哲学者は、いったい何を語ろうとしていたのか?
本書は、『見えるものと見えないもの』の未完の草稿群と、晩年の「研究ノート」から成る。ここで著者は、『行動の構造』や『知覚の現象学』で到達した自らの思想に根底的批判を加え、新たな存在論を示そうとする。「直接的存在論を形成することなどできるものではない。私の“間接的”方法(存在者のなかでの存在)だけがただひとり存在に適合する。――“否定神学”と同じような“否定哲学”。」
後期のハイデガーやフッサールに応えながら、野生の存在、交叉配列、転換可能性、蝶つがいなど、独特の用語を駆使しながら、著者は、人間と世界と言語をめぐる逆説を生きた表現にまで高める。その思索の軌跡は、とくに「研究ノート」に生ま生ましい。

まえがき(クロード・ルフォール)

  見えるものと自然[哲学的問いかけ]
反省と問いかけ
 [知覚的信念とそのあいまいさ]
 [科学は知覚的信念を前提するもので、それを解明するものではない]
 [知覚的信念と反省]
問いかけと弁証法
 [知覚的信念と否定性]
 [知覚的信念と問いかけ]
問いかけと直観
絡み合い――交叉配列

  補遺
前客観的存在:独我論的世界
 [前客観的なものへの還元]
1 現前
 [物と何ものか]

  研究ノート
1959年1月
真理の起源/真理の起源/真理の起源の第一巻/存在と無限/生まの、あるいは野生の存在(=知覚される世界)と、それがGebilde〔形成体〕としてのλ?γο? προφορ?κο?〔顕在的ロゴス〕に対して、われわれが生み出す「論理学」に対してもつ関係――/無言のコーギト
1959年2月
還元――真に超越論的なるもの――R?tsel Ersceinungweisen.〔現象の仕方という謎〕――世界/Einstr?men〔流れこみ〕――反省/Wesen〔現成〕(動詞的)――歴史のWesen/無言のコーギトと語る主体/論理学の系譜。存在の歴史。意味の歴史/Geist〔精神の〕Weltlichkeit〔世界性〕――。「見えない世界」。対象‐〈存在〉のうちの非存在:Seyn〔存在〕/科学と哲学/〔標題なし〕/時間――
1959年3月
〔標題なし〕
1959年5月
見えるものと見えないもの 第二部/見えるものと見えないもの/知覚――無意識――ひと――真なるものの遡行運動――沈澱。(真なるものの遡行運動はその一部をなしている)/フッサールZeitbewu?tsein〔時間意識〕――/物の超越と幻影の超越/「思考」、「意識」、……に内属してあること/交錯する眼差し=eine Art der Reflexion〔一種の反省〕/(ベルクソン)超越――忘却――時間
1959年6月
哲学と文学/存在と世界、第三章/悟性と暗黙の意味――哲学の歴史/〔標題なし〕
1959年7月
二元論――哲学
1959年8月
〔標題なし〕
1959年9月
知覚する主体、語る主体、思考する主体/〔標題なし〕/分析の問題/Gestalt〔ゲシュタルト〕/プレグナンス、超越――/経験的プレグナンスと幾何学的プレグナンス(E・ブランズウィック)/存在論の原理:不可分な存在/〔標題なし〕/〔標題なし〕
1959年10月
存在論――/〔標題なし〕/野生の知覚――直接的なもの――文化的知覚――learning〔学習〕/知覚と言語
1959年11月
交叉(キアスマ)/〔標題なし〕/見えるものと見えないもの/諸「感官」――次元性――〈存在〉/奥行/〔標題なし〕/私‐他者、不十分な定式/〔標題なし〕/〔標題なし〕
1959年11月
ライプニッツ/「世界」/フッサールのlebendige Gegenwart〔生き生きとした現在〕
1960年1月
科学と存在論/尺度――この概念の存在論的意味。内部存在論(Endo-ontologie)、フッサールの現象学的絶対者を参照/見えないもの、否定的なもの、垂直の〈存在〉/〔標題なし〕/見えるものと見えないものの問題圏/知覚――運動――感覚野の始元的統一性――受肉の同義語としての超越――内部存在論――心と身体――質的統合と質的差異化――
1960年2月
人間の身体 デカルト/フッサール:思考のErwirken〔実現作用〕と歴史性。思考についての「垂直的」な考え方/本質――否定性/否定的なもの、および概念の問題。グラディエント/「表象的」作用と他の諸作用――意識と実存
1960年3月
言葉の哲学と文化の居心地の悪さ/過去の輻(や)。世界の輻。/「世界の輻」(フッサール未刊稿)という概念。(あるいは宇宙(ユニヴェール)の線)
1960年4月
見えるものと見えないもの/「不滅の」過去、と志向的分析論、――および存在論/テレパシー――対他存在――身体性/?γ?〔われ〕とο?τι?〔誰でもない者〕
1960年5月
見えるもの――見えないもの/「意識」の盲目性(punctum caecum〔盲点〕)/世界の肉――身体の肉――〈存在〉/形而上学――無限。世界――Offenheit〔開在性〕/文学とはつまり感覚的なものの哲学である/「視覚的画像」―→「世界の表象」。Todo y Nada〔すべてにして無〕/触れること‐おのれに触れること。見ること‐おのれを見ること。〈自己〉としての身体、肉/見えるものと見えないもの/見えない見えるもの
1960年6月
歴史学、超越論的地質学。歴史学的時間、歴史学的空間――哲学/肉――精神
1960年11月
見える‐見るもの/夢。想像的なもの/交叉配列――転換可能性/〔標題なし〕/政治――哲学――文学/想像的なもの/自然/時間と交叉配列/知覚の沈黙。沈黙の、表面的な意味をもたない、だがやはり意味に充ちた言葉(パロール)――言語(ランガージュ)――物/「他者」
1960年12月
身体の肉――。エロス――。フロイト主義の哲学/世界の内にある身体。鏡像――類似/「垂直的なもの」と実存
1961年3月
デカルト/デカルト――Intuitus mentis〔精神の直観〕/肉/私の計画:I 見えるもの II 自然 III ロゴス

あとがき(クロード・ルフォール)
訳注
訳者あとがき
索引

モーリス・メルロ=ポンティ[モーリスメルロポンティ]
1908年、フランスに生まれる。1926年、エコール・ノルマル・シュペリュール入学、在学中サルトル、ボーヴォワール、レヴィ=ストロースらと知りあう。1930年、哲学教授資格試験に合格。その前年にフッサールのソルボンヌ講演を、1935-1939年には高等研究院におけるコジェーヴのヘーゲル講義を聴講。ルーヴァンのフッサール文庫に赴き、遺稿を閲覧したのは1939年。第2次大戦中は従軍・レジスタンス活動を経験した。1945年、学位論文として同年刊の『知覚の現象学』および『行動の構造』(1942)を提出。1946年、サルトルらともに『レ・タン・モデルヌ』創刊。1948年、リヨン大学教授、1949年、パリ大学文学部教授を経て1952年、コレージュ・ド・フランス教授に就任。1961年没。著書『ヒューマニズムとテロル』(1947)『意味と無意味』(1948)『弁証法の冒険』(1955)『シーニュ』(1960)ほか。没後『見えるものと見えないもの』(1964)『世界の散文』(1969)、コレージュ・ド・フランス講義録などが刊行されている。

滝浦静雄[タキウラシズオ]
1927年、岩手県に生まれる。1951年、東北大学文学部卒業。東北大学名誉教授。2011年没。著書『想像の現象学』(紀伊國屋新書 1972)『時間』(岩波新書 1976)『言語と身体』(岩波書店 1978)『ウィトゲンシュタイン』(岩波書店 1983)『メタファーの現象学』(世界書院 1988)『道徳の経験』(南窓社 2004)『修羅とデクノボー』(東北大学出版会 2011)。共訳 メルロ=ポンティ『行動の構造』『弁証法の冒険』『眼と精神』『見えるものと見えないもの』(以上みすず書房)リクール『意志的なものと非意志的なもの』(紀伊國屋書店)ほか。

木田元[キダゲン]
1928年、山形県に生まれる。1953年、東北大学文学部卒業。中央大学名誉教授。2014年歿。著書『現象学』(岩波新書 1970)『メルロ=ポンティの思想』(岩波書店 1984)『哲学と反哲学』(岩波書店 1990/岩波現代文庫 2004)『哲学以外』(みすず書房 1997)『最終講義』(作品社 2000)『ハイデガー『存在と時間』の構築』(岩波現代文庫 2000)『マッハとニーチェ』(新書館 2002)『闇屋になりそこねた哲学者』(晶文社 2003/ちくま文庫 2010)、共訳 メルロ=ポンティ『行動の構造』『知覚の現象学』『見えるものと見えないもの』(以上みすず書房)フッサール『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』(中央公論社)アドルノ『否定弁証法』(作品社)ほか。