内容説明
時代と向き合い、考え続けた哲学者の軌跡の全貌。第一集の刊行から十数年、いまも読み継がれる哲学エッセイ「考える日々」全3冊を、ここに集成。池田晶子と過ごす1000日。
目次
1年目(私はいつでも本気である;ソフィーの馬鹿、ともう一度言いたい;少しも変わらずここにいる ほか)
2年目(幸福は欲するのではなく;団結したのは資本であった;廃棄大処分の悦び ほか)
3年目(千年に一度 一年に一度;生きるために食べている;「永遠の生」という異常事態 ほか)
著者等紹介
池田晶子[イケダアキコ]
1960年8月21日、東京生まれ。1983年3月、慶應義塾大学文学部哲学科倫理学専攻を卒業。文筆家と自称する。池田某とも。「哲学エッセイ」を確立。2007年2月23日、癌により没す(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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抹茶モナカ
12
週刊誌連載の哲学エッセイ。時事ネタ、特にIT革命への思索は、現代のもののような、本質を突いた感じ。分厚いので、後半飽きた。池田さんに共鳴した読者の手紙が紹介されているところもあり、それが大体社会をドロップ•アウトした人で何か嫌。本質より、生活だ、と思ってしまう。この人、生活臭消しているけど、ちゃんと結婚してるし、本も入り口理論の気がして、あまり分厚いと内容が馬鹿馬鹿しく感じる。2022/02/12
Asako Nakamura
8
この心のもやもやを、考えることはヘンだからではなくって、まっとうなことだと教えていただきました。この本以外、それを私に教えてくれた人はいなかった。すごい方です。2015/06/14
ももたろう
7
ものすごーく印象に残って頭から離れない箇所がある。Amazonのレビューにもあったが、永山死刑囚のところ。以下、引用。《死刑囚の支援者は、死刑囚から真実を言われると腹がたつらしい。死刑囚は、自分たちよりも「弱い」存在であってくれないと困るのであろう。そうでないと、支援することで支援しているといういい気分になることができないからではなかろうか。このような心性を、普通は「偽善」と呼ぶ。》これは、分野は違えど、常に確かめながら進める必要がある。2015/04/05
Ryosuke Kojika
6
ソクラテスは兄さんと呼びたくなり、池田晶子は姉さんと呼びたい。時事的な批評が全く色褪せないのは、著者も確信しているところの「本当」を煎じつめているからだろう。「本当」が意見ではなく、当たり前が当たり前でしかないことは語らずもがな。著者も自身の文章を読んで元気がでるとあるが、私も元気が出る1人である。正直、著者に入れ込み過ぎかなと思わなくもないが、意見であるわけでもないし、そこは素直に考えていこうかと。それにしても、著者も嘆く世の末感は悪化しているように思われる。そろそろ教育についてしっかり考えてみたい。2019/09/23
てつや
5
昨年からゆっくりと読んできた本書もついに読了。読み終わるのが惜しい、そういう作品でした。2015/05/25
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- 和書
- 数学教育の活動主義的展開