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出版社内容情報
第二次世界大戦後のルーマニアの政情を背景に,現実世界と神話的世界の交錯のうちにカフカ的状況がかもし出される。宗教学者.文学者エリアーデの代表的幻想小説。
内容説明
宗教学者エリアーデの幻想小説。現実世界と神話世界との交錯のうちにカフカ的状況がかもし出された傑作。
著者等紹介
エリアーデ,ミルチャ[エリアーデ,ミルチャ][Eliade,Mircea]
ルーマニアの世界的な宗教学・宗教史学者。1907年首都ブクレシュティ(ブカレスト)に陸軍将校を父として生まれる。ブクレシュティ大学でナエ・ヨネスクを師に哲学を学ぶ。1927、28年イタリアに留学。また29‐31年インドに留学しこの研究生活を通じて宗教学・宗教史学者としての方向が決定づけられる。帰国後33年から母校で哲学を講義、38‐42年パリで宗教学研究誌『ザルモクシス』を刊行。40年ロンドンのルーマニア文化アタッシュに任命される。それ以後国外を活動の場として、46年ソルボンヌ大学宗教学講師、57年からはシカゴ大学神学部宗教史学科主任教授をつとめた。1986年死去
直野敦[ナオノアツシ]
1929年生まれる。一橋大学社会学部修士課程修了。東京大学名誉教授。文化女子大学教授
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
harass
58
80年台のブックガイドで幻想小説の傑作として挙げられていて積読していた本をようやく切り崩す。世界的に著名な宗教学者による小説。1930年台ルーマニア、元校長の老人ファルマの供述書と聞き取りで脱線に脱線を重ねる、奇妙で魅力的なお話と、政府が追う人物の正体と、聞き取り員の指摘する老人の語りの信頼できないブレ。もどかしく謎がふくらみ呆然とする物語。結局のところはっきりしないままに小説は終わる。よくまあこんな小説を書けたものだ。2017/03/30
長谷川透
34
老人と少佐の記憶の齟齬から始まる物語。読者は老人の証言と史料から齟齬の原因を探ろうするが、読み進めども謎は収束する素振りを見せず、袋小路の中へと迷いん込んでしまう。不条理に遭遇するのは主人公であり、読者はその様を傍観するのがこれまで読んできた不条理小説であるが、『ムントゥリャサ通りで』という小説は、読者を不条理の世界に道連れにしてしまう小説である。含みを持つ老人の語りの多くは、実際には何一つ謎を解く鍵にならない。最後の数頁では、物語の円環構造を示唆したのかと思いきや、最後の最後までこの本は読者を嘲笑う。2012/12/21
ハチアカデミー
31
S ファルマの語りは、物語は止まらない。これは物語と解読の鼬ごっこであり、読み手の願望によって読み替えられる答えの出ないミスリーディングと、それに飲みこまれる現実を描いたものである。語りが、本人の意図に反して、騙りとなっていく。永遠に閉じることの無い物語が、次々と聴き手を替え展開してゆく。語り手ファルマは土地の過去と現在をつなぐ壮大な歴史そのものであり、それは膨大な書物の擬人化であろう。数多の書物を逍遙しても私たちは真実などというものにはたどり着けない。それを改竄し、解釈し、読み違えることしかできない。2012/08/08
syaori
29
奇妙な、すごく魅力的な本です。ファルマの供述という形で話が進みます。政府が聞きたいのはリクサンドルとダルヴァリについてなのですが、彼の供述は時代を遡って縦横無尽に駆巡ります。地下室で姿を消したヨジ、戻ってこなかった矢、森番の孫で2㍍以上あるオアナの結婚の話など。それぞれの話は断片的に提示され、つながりが見えるようで見えずもどかしいのですがとても魅了されます。最後、ファルマが2時15~30分の間に誰を訪問するのかと考えたときの、主旋律の提示が終わって展開部が始まるような奇妙な感覚をぜひ味わってみてください。2016/02/26
鷹図
26
「カフカ的」と紹介される作品としては、珍しく本当にカフカ的(笑)。小説を一本の樹に喩えるなら、普通は幹がその本筋なんだけど、本書にあっては枝葉こそが本筋。野放図な広がりをみせるそれは、聞き手がこまめに剪定しなければならないほど。しかしその面白い枝葉に、一方で『あなたに映画を愛しているとは言わせない』的な威圧も感じた。それはファルマ氏が言う「どうしてもなおざりにできないのです」が、「それも知らないで何が分かるというの?」に、換言出来ると思うから。本を読む時には多少なりと、そういう恐怖に取り憑かれる事がある。2012/06/27