内容説明
101年にわたる生涯でケナンが主張し続けたものは何であったか?外交官にして、政治学者・歴史家だったケナンにアメリカの良心を見る。
目次
1 孤独な青年時代
2 国務省外交局の時代
3 アメリカ丸のブリッジに立つ一等航海士
4 ワシントンからプリンストンへ
5 アメリカの良心
6 歴史家
7 哲学、宗教・追憶・晩年
著者等紹介
ルカーチ,ジョン[ルカーチ,ジョン][Lukacs,John Adalbert]
1924年ハンガリー生まれ。1946年、共産化するハンガリーを離れ、アメリカに移住する。1947~94年までチェスナット・ヒル・カレッジ(Chestnut Hill College)歴史学部で教鞭をとったほか、ジョンズ・ホプキンス大学、コロンビア大学、プリンストン大学などの客員教授を務めた
菅英輝[カンヒデキ]
1942年生まれ。現在、西南女学院大学人文学部教授。専攻はアメリカ外交史、国際関係論(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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TS10
12
封じ込め政策を提唱した外交官にして、歴史家でもあったジョージ・ケナンの足跡を辿る。ソ連への警戒を説いた長文電報とX論文から、しばしば反共主義者と誤解されがちなケナンの生涯を通じた政治観を知ることができる。封じ込め政策はソ連との交渉の拒絶というよりむしろ、交渉を可能とする環境を構築することを意図しており、そうした構想の延長に、中欧や日本における相互兵力引き離しが提唱された。また、理想主義の対義語は物質主義であり、ケナンにおいては理想主義と現実主義とは同居していた。2024/04/05
masabi
11
稀代の外交官にして歴史家であるジョージ・ケナンの性格に焦点を当てた評伝。ケナンは「封じ込め」政策の提唱者として有名だが、彼の業績を支えた思考は表に出ていない。自立心と確固とした自尊心、それらを支える明晰な頭脳と広範に及ぶ知識が彼の立身出世の鍵で不遇な時期に自棄になることなく、仕事に邁進した。もちろん妻の支えがあってこそだ。書かなければならないとする義務感から伝記作家泣かせの膨大な資料を残り、退官後の仕事になった。2015/10/16
メルセ・ひすい
3
15-80 ポトレート!顔つきに意志が観える…妥協なき信念の人。スピ…共産主義は悪!101歳長寿マットウ。★学生・外交官・米国務省政策企画室長=50年(学究歴史家) そして生涯主張しつつけたもの?とは…米国の愛国者、アメリカの良心。アメリカの例外主義を批判し、その克服をこそ米国民の課題とする信念を持っていた。妥協はない。外交官にして、政治学者・歴史家だったジョージ・ケナンが主張し続けたものは何であったか。ケナンと親交の深かった著者が、その生い立ちから性格、経歴、死にいたるまでの101年の生涯を描く。 2011/10/22
夢仙人
2
名前だけは知っていたが、ソ連封じ込め政策の支柱となる考え方を提示した人物。上司に迎合せず、信念でアメリカ外交に貢献した。2016/09/15
maghrib
1
ケナンシリーズ.回顧録を補う意味で良い.理想を持ったリアリストであり,従ってリベラル・保守どちらの陣営からも受け入れられなかったなど.2017/11/20