出版社内容情報
人は、時の経過とともに姿かたちを変えながらも同一の存在として生き続ける。しかし、重篤な病い、老い、認知症、愛する人との別れ、あるいは「存在の傷」を負っても、そう言えるのか。本書は、社会学者である著者が、カトリーヌ・マラブーとクレール・マランが提示する破壊的可塑性、破局的経験などと対峙し、カフカやデュラスら文学がもたらす思考の可能性とともに、「私」が「私」としてあるということの偶発性、その持続性と脆弱性を問い、新たな人間論を提示する。
【目次】
序章 問いの基点としてのカフカ『変身』
1.存在の持続性と脆弱性
2.不穏な問いの原型としてのグレーゴル・ザムザ──カフカ『変身』を読む
3.「存在論的同一性」とは何か
4.偶有性と本質的属性(は本当に一線を引けるのだろうか)
5.断絶の時代?
第Ⅰ部 破壊的可塑性を思考するということ
第1章 可塑性の二つの顔──カトリーヌ・マラブー『新たなる傷つきし者』、『偶発事の存在論』を読む
1.破壊的可塑性とは何か
2.フィネアス・ゲージの変貌
3.破壊的変形の遍在
4.デュラスの「顔」
5.破壊的可塑性を思考するということ
第2章 コナトゥスの断絶──マラブーとともにスピノザ『エチカ』を読む
1.マラブーからスピノザへ
2.神すなわち自然
3.コナトゥス──それ自身として存在し続けようとする努力
4.コナトゥスの断絶?──「スペインの詩人」についての考察
5.「理性」の力
6.スピノザとマラブーの間
第3章 身体器官としての脳、生存の努力としての情動反応──スピノザを読む神経科学者アントニオ・ダマシオを読む
1.脳神経科学の発展と「神経可塑性」
2.情動と感情
3.前意識的な「原自己」
4.ソマティック・マーカー仮説
5.知識があっても、情動的に分からない
6.「感情」と「情動」の機能停止──ゲージとエリオット
7.スピノザ、ダマシオからマラブーへ
第Ⅱ部 破局的経験としての病い
第4章 生との闘い──クレール・マラン『私の外で』から
1.自己免疫疾患を生きる
2.免疫とは何か
3.自己免疫系の疾患
4.『私の外で』
5.私の生のどうしようもない外部性
第5章 同一性の傷と存在の可塑性──クレール・マラン『病い、内なる破局』から
1.内なる破局
2.生の解体と「規範形成力」──G・カンギレムの生命論
3.同一性の傷としての病い
4.可塑性と規範形成力──マラブーとマランの間
5.「隠れた能動性(activite obscure)」と「習慣」
6.「新しい自己の習慣」の形成としての治療
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