叢書・ウニベルシタス
哲学の余白〈下〉

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  • サイズ B6判/ページ数 368p/高さ 20cm
  • 商品コード 9784588007729
  • NDC分類 135.5
  • Cコード C1310

内容説明

“差延”や“脱構築”の基本概念が明らかにされるデリダ1970年代の重要なテキストの完訳。フッサールを論じた「形式と“言わんとする作用”」、バンヴェニストの言語学「繋辞の代補」、リクールとの論争を招いた「白い神話」、ヴァレリー論になる「痛み、源泉」、オースティンの言語行為論をめぐって“デリダ=サール論争”を巻き起こした「署名・出来事・コンテクスト」の5論考を収める。

目次

形式と“言わんとする作用”―言語作用の現象学についての注記(テクストのなかの“言わんとする作用”;鏡のなかのエクリチュール ほか)
繋辞の代補―言語学の前にある哲学(狂詩曲;転移 ほか)
白い神話―哲学テキストのなかの隠喩(銘句;さらなる隠喩=もはや隠喩なし ほか)
痛み・源泉―ヴァレリーの源泉(隆起=跳ね返り;Der sich aufhebende Ursprungあるいは源泉の杯=切断 ほか)
署名・出来事・コンテクスト(エクリチュールと遠隔コミュニケーション;寄生者たち。ITER“また”、いくらかエクリチュールについて。おそらくエクリチュールは現実存在しないということ。 ほか)

感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

syaori

69
「白い神話」を。哲学の隠喩、形而上学的な観念を示す感性的な比喩巡る詩のように美しい一篇で、作者はそれが真理の一義性を前提とする哲学の「夢」に支えられていること、しかし抽象的な概念を巡る隠喩は常に「模倣物」であるというある「不在」を前提としていること、真理へ止揚するはずの隠喩化は「意味的なものの彷徨」も招き「起源の資源的な単一性」を保有しえないこと等を示しアリストテレス以来の哲学の基盤を揺さぶります。それは語り得ぬものを巡る歴史の連綿とした重なりとその儚さ虚しさをも炙り出しているようでとても魅了されました。2021/11/30

syaori

59
下巻には言説やエクリチュールを巡る論考が並びます。そこで作者が語るのは、我々の思考がいかに「形而上学の囲い」の中にあるかということで、同時にその体系が求めてきた「源泉」についても問いかけます。それは様々な思想家が織り上げてきたにもかかわらず厳格に一義的で「多義性は調整済み」と自負する真理のなかに内包される「多義性」についての問いで、様々なテクストを通しデリダはその体系のなかでは「提示されえない」「多数性」を響かせます。それは新しい地図を示されるような不思議な体験で、もう少しデリダを読んでみたくなりました。2021/12/10

またの名

9
「煎じ詰めれば哲学史ってのは飲料業界みたいなもんでプラトンっていう緑茶が輸入過程でデカルト紅茶になって、現代思想はデリダやフーコーの大量生産ペットボトル段階なわけです」とか哲学を無理に象徴的隠喩としてアマチュアが読もうとする問題。隠喩はあくまで唯一つの固有の名という真理を指し示す二次的道具でしかないと見下す哲学者の伝統に食い掛かり、「私」の出発点になる純粋自我という源泉は、常に自身に遅れてズレて遡及的な反作用によって後から構成される結果に過ぎない差延だとデリダは指摘。あらゆる正統の概念にクソリプし続ける。2020/01/12

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