内容説明
囚人の子として生まれ奴隷として生きた23年。北朝鮮・地獄の収容所から奇跡の脱出!ただ一人の証言者、衝撃の告白。
目次
第1章 生命の始まり、収容所生活の始まり
第2章 収容所の暮らし
第3章 収容所内の学校生活
第4章 過酷な強制労働と犠牲者たち
第5章 秘密監獄での拷問
第6章 母と兄の公開処刑
第7章 牧場と縫製工場時代
第8章 収容所からの脱出
第9章 収容者たちの人権意識の回復を祈って
著者等紹介
申東赫[シンドンヒョク]
北朝鮮政治犯収容所出生者。1982年11月19日、价川14号政治犯管理所完全統制区域で収容者夫婦の息子として生まれ、囚人生活を始める。1996年11月、母と兄が脱出を企て失敗、公開処刑される。2005年1月、収容所からの脱出に成功。2005年2月、中国に脱北。2006年8月、韓国入国
李洋秀[イヤンス]
1951年愛知県生まれ。韓国語の通訳・翻訳者として、弁護士の通訳や韓国テレビ局のコーディネーターとして活動。季刊誌『戦争責任研究』に「日韓会談文書」を翻訳、解説し、4回にわたり掲載(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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キクチカ いいわけなんぞ、ござんせん
27
北朝鮮の囚人が暮らす収容所で生まれた甲氏の手記。1982年に生まれた。父も母も囚人。家庭的な収容所と勘違いしてしまうが、「ご褒美」としての結婚で、家族で暮らす事はないのだ。23歳の時に脱出。中国を経て韓国に逃げ延びる。収容所で教えて貰ったのは簡単な字と計算のみ。「優しい」「くやしい」「幸せ」(お元気?」などの言葉を知らなかったし、「洋服」「コップ」「歯ブラシ」「教科書」なども知らなかった。読むのが辛いけど、本人は逃げた自分は卑怯だ、との自責に耐えながらこれを書いた。なので自分も心して読んだ。2018/05/14
とらこ
19
おぞましいの一言に尽きる。これが人間に対して人間がする仕打ちとは到底思えない。上に立つ者も下の者も完全に洗脳されている。規則を破れば即時銃殺。奴隷のごとく働かせ、規則を良く守り、密告の仕事をよくこなすことによって結婚が認められる。結婚だけが彼らに与えられる最高の幸せだという。そして相手は勝手に決められ子供を産まされる。そして収容所で産まれた子供は囚人としての一生を送る。人権なんて言葉は皆無で。本が出版されてから数年経つが指導者が変わった今、かの国ではどういった変化が訪れているのか恐ろしく思えてならない。2014/02/27
itokake
18
北朝鮮の強制収容所で生まれた著者、申東赫(シン・ドンヒョク)の壮絶実話。北朝鮮の収容所はいくつもの山と谷を含み、家や工場、学校もある5万人規模の町。労働に励むとご褒美で結婚させてもらえるが、相手は選べない。保衛員(収容所の管理役)がある日「おまえら結婚しろ」それで生まれた著者。友情も愛情も知らず、飢えと暴力に苦しむだけの日々。食事は1年通して、トウモロコシ粥と白菜のみ。「ネズミだ!」という声は「食料だ!」の意味。牛糞に残ったトウモロコシも食べる。こんなに人間がわかる本はないと思う。壮絶だが読んでよかった。2022/03/24
ねこまんま
18
こんな強制収容所が本当に存在する北朝鮮という国が、お隣さんだなんてのけぞってしまいます。 ただ生まれて労働力として消費され、保衛員の気まぐれで殴られ虫けらのように死んでいく人たち・・・・・。 はるか昔の話ならいざ知らず、今現在、となりでこんなことが起こっているなんて!衝撃的です。 彼らの働きが国を支えている限り、強制収容所がなくなることはきっとないのでしょう。 実に暗澹とした気持ちになりますが読んでよかったと思います。2014/02/23
柊
10
衝撃的な出来事を淡々と綴る文体に驚きました。私達には考えられない事が、極々普通の日常だった事を感じます。感情の描写が殆どないのが、収容所の残酷さを物語っていますね……。何より恐ろしいのは、今もその様な方々が多くいるという事。拉致問題なども心が痛みますが、北朝鮮国内の人にも幸せになって欲しいと思います。2016/08/11
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