出版社内容情報
神社信仰の成り立ちには、渡来人の痕跡が拭いがたく刻まれている。近江から敦賀、出雲、三輪、韓国の慶州までを歩きながら、古代朝鮮半島に日本の原始神道の起源をたずねる。
内容説明
日本固有のものとされてきた神社信仰だが、その起源においては、新羅・伽耶を出自とする渡来人の痕跡が拭い難く刻まれている。好評の前著『原始の神社をもとめて』に続き、日本海沿岸から韓国の慶州へと至る旅路のなかで、原始神道における始まりの謎に迫る。日本と古代朝鮮をつなぐ信仰の知られざる系譜。
目次
第1章 近江への旅
第2章 天日槍の問題
第3章 敦賀という場所
第4章 出雲と新羅
第5章 三輪信仰の謎
第6章 新羅から来た神―宇佐八幡をめぐって
第7章 慶州の堂
著者等紹介
岡谷公二[オカヤコウジ]
1929年東京生まれ。東京大学文学部卒業。跡見学園女子大学名誉教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
へくとぱすかる
23
読書中に既視感が。これは、金達寿『日本の中の朝鮮文化』のシリーズとそっくりである。そして読み進んでいくと、そこからの引用があちこちに。神社を訪ねて、そこに古代朝鮮(特に新羅)の影響を見るフィールドワーク。近江や敦賀など再確認のように読めた。著者自身が「金氏の言葉を内側から検証しようとした試みである」とあとがきに述べるが、このまま単なる紀行に終わらせず、さらに検証に取り組む続編が待たれる。2014/03/16
プリン
4
ジャンルとしては民俗学。日本各地の神社を訪ね、記紀の伝承と各地の地名や遺跡を対照し、そこに秘められた新羅系渡来人の痕跡をたどる紀行文。序盤は継体天皇、中盤は出雲や天日槍、終盤は朝鮮半島の堂・森が焦点ですが、序盤・中盤の知的興奮が終盤でやや萎んでしまったのが残念。「あとがき」で著者が記すように、古代日本における渡来人の影響力の大きさを改めて実感しました。2013/11/27
くまきん
3
神社の原始的な形態は渡来人が朝鮮半島よりもたらしたと言う説を、日本人が納得出来ないのは、その原型である朝鮮半島の「堂」が儒教的な政治勢力の弾圧によって滅ぼされたからであるとこの書は言う。八幡信仰や祇園信仰は史学的な検討によっても朝鮮半島からの渡来は明らかであり、縄文以来の日本の神と渡来神の習合により、日本の神社が成立したと言ってもいいのではないだろうか。2017/10/26
onepei
3
こういう本を読んでしまうと「日本の伝統文化」という概念についても考えさせられる。2014/01/04
Jimmy
2
タイトルにグッと惹かれて読み出しましたが、第一章の近江の旅は面白かったのですが、それ以降はちょっとまあまあな感じ。やはり現地へ行って発見した事に推論を加えていく辺りはある意味スリルがあるのですが、ただの文献上の推論の辺りは退屈さを覚えます。2014/07/27