出版社内容情報
ヘーゲルの主著(1807年刊行)の原文の構造に沿って完訳。意識が感覚という最も低い段階から経験を経て自己意識に、さらに理性から《絶対知》に到達する過程を描く大著の上巻。
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
Freak Zappa(アレクセイカラマーゾフという名で音楽活動してたよ)
27
ヘーゲルの考えと陰陽図☯って近いのかな…?■『白い物体』と見極める為には『白以外の色が必要』とか■『1つである』と同時に『集合体である』とか■⇚これは量子力学の『物質であるけど波でもある』か…■合ってるかはわかりません笑2026/04/28
K
12
初めてヘーゲルの大著を読み通した。『エンチュクロペディー』はかじったことあったけど。上下巻あるので、ここでは動機と全体的な感想を残す。「サルトルを充分に理解するには、ヘーゲル、フッサール、ハイデガーを理解せねばならない」という見解を耳にしたことがある。それで、ヘーゲルはからっきしであったからこれを読んだ。(自分の先生は、『エンチュクロペディー』を推していたけども。)正直ドイツ観念論はカント止まりであったし、さすがに色々と知らないことが多すぎたように思う。難解な書物だった。2023/10/16
記憶喪失した男
8
物自体についてはほとんど語られないので、カントの弟子という認識はまちがっているとわたしは思う。極めて難解である。しかし、わたしはヘーゲルの述べる哲学が自分のいる世界の存在の構造だとは思わない。2016/09/09
Z
7
白さは規定されず、他の特徴、赤や黒などと比較されて規定される。このとき対象は単なる特徴の集まりでなく様々な類的特徴のうちどれか一つのみ場所を占めることができる排他的なポジションでもある。ここに特徴に空間的な規定が与えられ、延長と特徴の結合として物の概念は完成する。②知覚が物に対する無反省な態度。まず知覚は物と性質の分離を知らない。知覚されるのは性質であり物そのものとは何かを考えるとそれはカントのように物自体という他ないだろう。ひとまずヘーゲルは知覚が対象から物自体という概念を取り出す過程を描く。まず対象は2021/06/28
Z
7
=感覚的私念は、無媒介と前提され、感覚的個別性同士=このもの、この私の接触を絶対化するものである。思い込まれた「これ」は 、点のようなものでなく広がり(複数のこれの集合)をもちつつ、そうでないこれを排除する。媒介、否定、一般性を経ないと思い込まれた個別性へ至ることはできない。ここで思い込まれた感覚的個別性から一般性と対立した知覚的個別性を吟味しなくてはいけない。「知覚」①冒頭は物の難解な定義。意識は移ろうが対象は動かない。よって真理の基準は対象たるべきだ。感覚的対象は「これ」としかなかったが知覚は自己2021/06/27




