内容説明
著者はゴーゴリに貼られているさまざまのレッテルを剥がし、一切の文学史的先入見を捨てて、ひたすら作品そのものに迫ろうとしている。ロシア文学における永遠のテーマのひとつ、ポーシロスチに関する論は貴重であり、また『死せる魂』第一部完成以後の時期をはっきり創作力減退の時期とする指摘も鋭い。ユモリスト、サチリスト、リアリストとしてのゴーゴリ像に執拗な反駁を加えながらも、著者は彼自身のゴーゴリ像なるものを何らかのドグマとしてうち立てようとはしていない。そうしたやり方は所詮ゴーゴリ像の新たな固定化を招来するにすぎないと承知しているかのごとくである。彼の批評はあくまで作品そのものとの深い接触をとおして、ゴーゴリというこのとてつもない世界の存在を読者にうかがわせること、読者をしてこの世界の前に素手で立たせることである。
目次
1 死と青春
2 政府の亡霊―『検察官』
3 われらがミスター・チチコフ―『死せる魂』
4 教え導く者
5 仮面の神化―『外套』
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
三柴ゆよし
25
原題『鏡の国のゴーゴリ』。現在、ロシア散文の父と見なされる偉大なるゴーゴリ(我われは皆ゴーゴリの『外套』から生まれ来たのだ)の死から始まり誕生に終わるこの奇妙な伝記は、ロシア亡命から間もないナボコフの独断と偏見により書かれたもので、伝記とは言い条、『検察官』『死せる魂』『外套』の三作品(ナボコフの気に入らない作品は意図的に無視されている)のナボコフ流解釈に大多数の頁を費やした、ほとんど異端ともいうべきしろものである。その解釈もまったく破天荒なもので、ゴーゴリ作品における副次的人物や物品の引用が延々と(続)2013/07/05
長谷川透
19
文学批評としての体を成していない特異な文学論である。ナボコフを通して見るゴーゴリの世界は、彼の感受性の鋭敏さ、そして独自の分析と解釈によって読者の前に新しい姿を見せてくれるが、あまりにも独特な解釈のせいで、ゴーゴリの世界がナボコフの想像力によって新たな世界に塗り替えられてしまっている感がある。又、扱っているゴーゴリの作品が『検察官』『死せる魂』『外套』のみのため、ゴーゴリ論というよりは、ゴーゴリの一つの側面の解釈に留まっている。しかし、これらの文学論としての瑕疵は即ち、ナボコフの文学への偏愛でもあるのだ。2013/12/20
そのじつ
12
ナボコフの著書初体験。ロシアの文豪ゴーゴリの評伝だが、歴史上の価値を知るとかの当たり前の評伝ではない。ゴーゴリが実際に行った事柄から紐解いて、彼の作品がこれまで「誤読」されて来た事を暴き出す。ロシアの貧しい官吏を描いて帝政ロシア下にある民衆の困苦を人々に印象づけた、プーシキンに連なる人権主義的作家…そんな漠然と張り付いたゴーゴリのイメージを剥がし、多くの場合見逃されるゴーゴリ文芸の輝きを、取り出して磨き上げてみせる。その時発動するナボコフの絢爛たる語句の数々、形の無い、既成の概念として流通していない、2020/01/17
pyoko45
11
ナボコフによるゴーゴリ作品の批評というよりもゴーゴリ作品をナボコフ色に染めてゆく過程を見ているような読み心地。情緒的で安易な読みを許さないナボコフの読みはときに息苦しくもあるけれど、「木を見て森を見ず」ならぬ「木の中に森を見る」ような文章レベルでの緻密な分析を読むつれて、ゴーゴリ作品が全く違う様相を呈してくるのはまさにナボコフマジック。『検察官』の章では、ナボコフ先生のdisり芸も冴えまくりで辛辣だけどなんだか愉しい。2015/09/28
きつね
10
ナボコフが軽蔑しているのは文学に人生訓(その実、自分の人生観の承認)を読み取ろうとする読者、社会への批判ないし風刺を読み取ることで権威を測ろうとする批評家、もっといえばそのようなものをのさばらせている出版者であろうか。218「ゴーゴリの不可思議な混沌の中へ、懼れも躊躇もなく、真逆さまに進んで身を躍らせるロシア人の読者は稀れである。…ゴーゴリの奇怪きわまる大洋のいちばん安全な波打際でいつまでもぼちゃぼちゃやっていて、彼が一風変ったユーモア、色鮮やかな警句と見做すところのものを楽しむにとどまることだろう。」 2013/10/25