出版社内容情報
靖国論争で見逃されている「本質」に迫る!
靖国神社と「A級戦犯」を論じるなら、そもそも「戦争責任」をどう考えるべきかが問われるべきだ! 根源的問題に鋭く肉薄した注目の書。
「靖国参拝」を巡る論議が白熱する中で、「A級戦犯」の「戦争責任」をどう考えるべきかという問題関心が高まりつつある。しかし、残念なことに、マスコミの報道や政治家の発言は、無知蒙昧で粗雑な議論に終始することが多い。本書は、『「文明の裁き」をこえて―対日戦犯裁判読解の試み』で第10回山本七平賞を受賞した著者が、不毛な議論に終止符を打つべく放つ、渾身の論考である。
▼「歴史解釈は倫理をふりかざしての過去の裁断ではなく、論理を駆使しての過去の再構築である」。著者はこう語り、史料を精緻に読み解くことにより、問題の本質に迫っていく。戦争責任を検証するとはいかなることなのか。「A級戦犯」たちは敗戦責任を回避したのか。「責任」を引き受けた人、考えた人の苦悩と決意とは。「パル判決」とは何だったのか。そして、南方の裁判で散ったある学徒兵戦犯について……。
▼問題の本質が明解に浮かび上がる、いまこそ読まれるべき書。
[第一部]再読・「戦争責任」
●第一章 「議論の本位」をまず定めよ ――戦争責任検証のまえに
●第二章 「A級戦犯」は敗戦責任を回避したか
●第三章 「戦争責任」を引き受けた人 ――重光葵と廣田弘毅
●第四章 「戦争責任」を考えた人 ――竹山道雄と木下順二
●第五章 「戦争責任」論の現在 ――大新聞の責務と政治家の見識
[第二部]東京裁判、戦争責任、歴史認識
●第六章 「パル判決」と戦後日本
●第七章 「文明の裁き」の不公平を問う ――イラク捕虜虐待事件への一考察
●第八章 歴史認識論争を「文化の裁き」とするなかれ
[第三部]ある学徒兵戦犯と戦後日本
●第九章 ミュージカルが描く南方戦線の悲劇 ――浅利慶太『南十字星』を読み解く
●第十章 事実と創作とのあいだ ――木下順二『神と人とのあいだ』第二部「夏・南方のローマンス」批評
●第十一章 時空をこえて死者の声を聴く ――戦後史の中の木村久夫上等兵
内容説明
「A級戦犯」、戦争責任、歴史認識への政治家・マスコミの無知蒙昧、かつ不毛な議論に終止符を打つ。山本七平賞受賞の論客が放つ注目の論考。
目次
第1部 再読・「戦争責任」(「議論の本位」をまず定めよ―戦争責任検証のまえに;「A級戦犯」は敗戦責任を回避したか;「戦争責任」を引き受けた人―重光葵と廣田弘毅 ほか)
第2部 東京裁判、戦争責任、歴史認識(「パル判決」と戦後日本;「文明の裁き」の不公平を問う―イラク兵捕虜虐待事件への一考察;歴史認識論争を「文化の裁き」とするなかれ)
第3部 ある学徒兵戦犯と戦後日本(ミュージカルが描く南方戦線の悲劇―浅利慶太『南十字星』を読み解く;事実と創作とのあいだ―木下順二『神と人とのあいだ』第二部「夏・南方のローマンス」批評;時空をこえて死者の声を聴く―戦後史の中の木村久夫上等兵)
著者等紹介
牛村圭[ウシムラケイ]
昭和34年、金沢市生まれ。東京大学文学部(仏語仏文学)卒業。同大学院(比較文学比較文化)、シカゴ大学大学院(歴史学)、各博士課程修了。学術博士。カナダ、アルバータ大学客員助教授(日本語日本文学)、明星大学青梅校助教授(一般教育)等を経て、平成17年度より国際日本文化研究センター助教授。近現代日本思想史(比較文化論、文明論)専攻。著書に『「文明の裁き」をこえて―対日戦犯裁判読解の試み』(中公叢書、2001年、第10回山本七平賞)などがある。「次代を考える東京座会」委員を務める(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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