出版社内容情報
「学力低下」はどこまで進むのか。2002年から導入される新学習指導要領は子供を救うのか。文部省の論客と気鋭の精神科医による大論争。
「日本の子供たちは勉強のしすぎだ」などと未だに信じている御仁も少なくないかもしれないが、それはいまや昔。現在ではむしろ、「学力低下がこれ以上起こったら、日本はどうなるのか」という懸念の声が巷で高まりつつある。
▼文部省サイドの見解は「『学力低下』を証明する客観的データはない」というものだ。だが、これに異議を唱える陣営は、独自の分析・調査をもとに、文部省が推進する「ゆとり教育」「2002年度からの新学習指導要領」を批判している。
▼その両サイドの代表選手といっても過言ではない論客同士が、同じテーブルにつき、忌憚のない議論を戦わせた。「分数ができない大学生はなぜ出現したのか。その問題はどこにあるのか」「そもそも、日本の大学は、一流といえるのか」「これ以上、子供たちの勉強時間を減らして大丈夫なのか」「子供たちが勉強しなくなったのは、一体なぜなのか」――
▼わが子、そして日本の未来のためのバトルトーク。
●第1章 「学力低下」を情緒的に論じてはならない
●第2章 「まだ卒業できない」と言われる子も出る
●第3章 「硬軟両作戦」で教育改革を展開すべし
●第4章 「ゆとり教育」は行政的なレトリックである
内容説明
ゆとり教育推進VSゆとり教育反対。「教育改革の旗手」と「受験の神様」による大論争。
目次
第1章 「学力低下」を情緒的に論じてはならない(教育問題を考えるお互いのポジション;日本の大学は一流か;大学教育に対する議論が少ない ほか)
第2章 「まだ卒業できない」と言われる子も出る(学歴神話が消えたことによる不幸;改革は手順を踏まなければ成功しない;教育問題は地方選挙の争点であるべき ほか)
第3章 「硬軟両作戦」で教育改革を展開すべし(「心の教育」という文学的スローガン;小・中・高で異なる「ゆとり」の意味;EQ教育で他者への共感能力を得る ほか)
第4章 「ゆとり教育」は行政的なレトリックである(評価における三つの要素;ミニマム・リクワイアメントで教師の適格性がわかる;知識が画一的でなくなった時代の教育は ほか)
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