出版社内容情報
鑑賞されることを目的としない生の芸術
近年、アール・ブリュットの作品を展示する場が増えている。アール・ブリュットに特化した展覧会はもちろん、ベネチア・ビエンナーレ国際美術展でも紹介された。フランスでは、日本の作家を紹介する「アール・ブリュット・ジャポネ」が、二度にわたって開催されている。はたしてアール・ブリュットとはどういったものなのか。
本書は、「アール・ブリュットを巡る考察集団」の創立メンバーで、臨床心理士・ラカン派の精神分析家である著者が、その起源(第一章)、提唱者ジャン=デュビュッフェ(第二章)、定義(第三章)、概念がどう発展したか(第四章)、作品の素材やかたち(第五章)、愛好家やコレクターの心理(第六章)、近年のブーム(第七章)、作品を扱う美術館やギャラリー(第八章)、現代アートとの対話(第九章)など、さまざまな切り口で概説する。
内容説明
鑑賞されることを目的としない真に純粋で生の芸術。起源、概念、作品の特徴、愛好家やコレクター、近年のブーム、美術館や市場まで。ラカン派の精神分析家が概説。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
gtn
22
精神病者が生み出したピュアな芸術作品を再考するジャン・デュビュッフェ。その創作行為は、「享楽の横溢」に対する防御ではないかと仮定。更に、精神病という狭義で括ることを避けるためか、いわゆる「アール・ブリュット」と他の芸術の差異は「計画の有無」と結論付ける。他人に見られることも、模倣も、技術も営利もそこにはない。ただ、生き抜くために必要な営み。長編や、同じ作品の繰返し制作が多いのもそのため。凡人はそれらの作品に触れ、驚くのみ。2023/11/23
PukaPuka
3
訳文は読みやすい。その都度ラカン用語で考察まとめが入るが、一番肝心のところは訳者の解説がついている。全体として、アール・ブリュットは人に見せるために描いて/作っているわけではないことが強調されている。疎外されていると、疎外する枠組みに依拠できないから、苦しみとともに自由が生まれる。そこに既存の枠組みや共通理解で解決できる人々からは生まれてこない何かが生まれてくる。やむにやまれず湧き出てくるものは、人に見せたり人よりいいものを作ろうという雑念が入る余地がなく、そこにむき出しの芸術性が顕われるということかな。2019/07/19
Yumiko826
1
芸術も精神論も全く知識が無いため、三章辺りで混乱して、巻末のまとめと訳者のあとがきを読み何とか読み終えた。芸術との違いは、見せることを目的とせず、生命を支え平穏を保つための行為…と。その為、死ぬまで隠れ家を作るとか作品を中断するのは体力の限界が来た時というのは、とてつもないパワーを感じました。一番理解が出来たのは、作品は作者の職業と関係した材料で作られていること。この本を読む前の作品のイメージとしては、紙に書かれた絵を想像していましたが、そうではなく何でも作品になること同時に定義が難しいことを知りました。2019/07/18
y
0
全く何の知識もなく、タイトルに惹かれて図書館で借りました。 問題意識も持っていないので、とにかくちんぷんかんぷんでしたが、型にはまらず表現(というか制作)せずにはいられない、つくること、てを動かすことが目的で鑑賞は意図していない作品のことをアール・ブリュットというのかなぁというのが、私の理解です。が、果たして正しい理解なのか…2019/10/09
ohwada
0
現代の海外からの視点を日本語で読めることに感謝。ラカンを勉強してから再読する。2019/07/11