出版社内容情報
多くの文学者の記憶を秘めた町、トリエステ。この地への旅立ちにはじまるエッセイは、著者の亡父をはじめとする、なつかしき人々との思い出を綴った、ある家族の肖像となっている。
【本文より】
俺の一生はいったいなんだったのだろう。淋しいルイージ氏は歩きながら考える。…空地を通りぬけ、製菓工場のすこし先の大通りまで足をのばせば、市電の停留所のまえにいつも行く飲み屋がある。まずは安い《赤》を一杯。塩づけのカタクチイワシを一匹とれば、それを肴に、夜の時間はゆっくり流れるはずだ。
内容説明
ジェイムズ・ジョイス、ウンベルト・サバなど多くの文学者の記憶を秘めた町、トリエステ。このアドリア海沿いの辺境の町への旅立ちにはじまるエッセイは、著者の亡き夫ペッピーノをはじめとする、なつかしき人々との出会いと別れ、いくたびかの喪失をつづる、思い出の記。
目次
トリエステの坂道
電車道
ヒヤシンスの記憶
雨のなかを走る男たち
キッチンが変った日
ガードのむこう側
マリアの結婚
セレネッラの咲くころ
息子の入隊
重い山仕事のあとみたいに
あたらしい家
ふるえる手
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
燃えつきた棒
45
悲しみを癒すために、また須賀さんの力を借りることにした。須賀さんの文章を読むことは、いつも僕を深く癒してくれるから。 本書の登場人物の多くは、イタリアの陽光の下で、みな濃い影の部分を持っている。 知能指数がかなり低く、問題児で、何度も警察の厄介になっているトーニ。 父と兄、妹を早くに亡くし、自らも四十一歳で急死する須賀さんの夫、ペッピーノ。 大半が戦争や病気などで夫を亡くした鉄道員官舎の人々。 貧しくて孤独で、それぞれの不幸せを抱えた小さな人々。→2023/07/16
U
30
サバが愛したトリエステを旅したときの紀行文「トリエステの坂道」を皮切りに、夫ペッピーノとその親族たちをめぐるお話が計十二話、つづられています。静かで美しいのに、ぐぐっと一気にひきこまれる文体で、わたしも親族になった視点からよめ、おこがましいですけれど須賀さんとすごく、距離が近づいたような気がしました。もしかしたらこの作品が、夫ペッピーノをはじめとする親族たちの、死にふれたものであり、また登場人物たちの何気ない強烈さが、そうした気持ちになるのを手伝ったのかもしれません。とにかく一体感を味わえた作品でした。2015/08/16
吟遊
8
須賀敦子さんの『トリエステの坂道』。死の影が詩のようです。それらは、悲嘆の死ではなくて、過ぎ去った出来事の影、風化してゆく石のようで、それを生あるひとたちが穏やかとも言えない生活のなかで見守っている。そんな景色のつなぎ合わせ。2015/07/13
geromichi
7
名著。読み進むうちに泣きそうになってしまう。特に最後から2話目、語り手(須賀敦子)の義弟でならず者だったアルドが、その生涯のほとんどを過ごしたミラノの官舎を脱し、齢60を過ぎてから自分の家を建てた話は感動的だった。フォントや余白の大きさでしょうか、なんとなくですが白水社版で読むのがオススメです。2021/11/10
みずいろ
5
「さよならともいわずに、両手で背広の衿もとをしっかりにぎって。夫といっしょに街を歩いたのも、トー二を見かけたのも、あれが最後だった。」雨の匂いがして、走り去る人が見えた。ミラノで著者が夫やその家族たちと過ごした日々は、悲しくも美しい。家族よりも娼婦から信頼されていた義父、一人生き残った出来損ないの義弟、山仕事を終えほっとしたときのようにひっそり逝ったおじいさん。貧しい人々を美化せず描き「気どらない、どこか油断しているローマを、そっと肩ごしに覗きこむといった、そんな通りが続いている」まさにそんなエッセイだ。2020/02/14