出版社内容情報
「大祖国戦争」と称される第二次大戦時の独ソ戦は、現代ロシアのナショナル・アイデンティティを構成するきわめて大きな要素だ。露宇戦争においても開戦時、プーチン大統領がゼレンスキー政権を「ネオナチ」と名指したのは、その「特別軍事作戦」の正当性を国民の「大祖国戦争」の神話に訴えかけるためであった。「大祖国戦争」の(大文字の)記憶=神話は、戦時からすでに形成されていったものではあるが、しかし、個々人の戦争の経験と記憶は一枚岩のイデオロギーに回収しつくされるものではなく、そもそもそのイデオロギーが形成される過程にもさまざまな政治的・文化的背景があったのは言うまでもない。
本書は、戦中に870日以上の「包囲」を経験したレニングラード(現サンクト・ペテルブルク)を主たる舞台とし、この街の労働者の身体、レニングラード防衛博物館、そして都市の祝典をとりあげながら、国家の公的な「歴史」からは取りこぼされてしまう人々の「大祖国戦争」に対する「応答」の痕跡を掬いとる試みである。過去に生きた人々の営為に対して歴史研究は何ができるのか─傷ついた都市と傷ついた住民と、その復興=回復の「歴史」。
【目次】
序論 「大祖国戦争」と都市=身体としてのレニングラード
第一部 傷ついた都市、語られない言葉
第一章 戦争による身体の痛みと傷―レニングラード包囲下と戦後の女性労働者
一 レニングラードにおける女性の状況
二 出産をめぐる状況と疾患
三 工場労働と女性の身体
小括
第二章 政治抑圧下での都市の傷と記念―レニングラード防衛博物館と「レニングラード事件」
一 レニングラード防衛博物館の開館――包囲解放後の文化事業
二 展示事業の組織――来館者に着目して
三 「レニングラード事件」と防衛博物館
四 レニングラード防衛博物館における記念の展開
小括
第三章 「親愛なる」首都における市民の動員―モスクワ創建八〇〇周年記念祭
一 記念祭の開催をめぐる決定
二 祝祭空間の形成
三 歴史に関する文化事業
小括
第二部 眼差しを受ける都市、労働する身体
第四章 遠くから都市をおもう―レニングラードの都市創建二五〇周年記念祭における来賓と祝電
一 記念祭の概要
二 招待状の返答
三 友好協会からの祝電
四 戦後の建設と発展
小括
補論 ウラジーミル・プーチンのレニングラード包囲に関する語り―家族史から見る政治指導者のマスキュリニティ
第五章 革命と工業化の理念におけるマスキュリニティ―レニングラードの都市創建二五〇周年記念祭と中ソ関係
一 一九五〇年代のソ連社会におけるマスキュリニティ
二 一九五〇年代の中ソ関係
三 北京市副市長馮基平による記念祭への出席
四 工場労働者
小括
結論 戦後のレニングラードにおける日常
あとがき
史料・参考文献/註



