出版社内容情報
はじめに
<なぜメタデータか?>
ラジオ,電話,テレビからインターネットにまで発達した情報インフラは,電気,水,ガス,ガソリンなどと同じように今や生活必需品(ネセスティ)となっている.デジタルコンテンツもまた衣食住の商品や自動車,家電製品と同じくどこでも購入できる大衆商品(コモディティ)となっている.
デジタルコンテンツは1と0の記号列で構成されているため,時間や物理的な量とは無関係である.時間と無関係であるからいつまでも存在し続け,変化することはない.デジタルコンテンツには,意味や価値,効果の概念は含まれていない.これらはアプリケーションによって定まるものとされている.当然のことながら,ビットには所有を表現する余地はない.デジタル技術は,そういった物理世界の機能・性能的な限界を克服し,自由で平等な情報共有環境を実現するために進歩してきたのであるから,当然とも言える.
しかしこのことは,われわれが日常生活をする上で扱う物財としてのモノや,電子技術を駆使した家電や機器などとは違い,流通の側面からはその扱いを極めて困難なものとしている.例えば,コンテンツを誰が創作したのか,誰が所有するのか,どこにあるのか,どのように探し出すのか,価格はいくらなのか,購入した後の利用や改造はどこまで可能なのか,といったさまざまな問題がそれである.
このようなデジタル世界での著作権や特許権など知的財産権の共有と独占,所有と利用の扱いといった問題の基本は,連続というアナログ世界と,離散というデジタル世界の世界観の違いに根ざしている.したがって,デジタル時代にふさわしい制度設計や,流通モデルの開発,デジタル商取引の習慣,さらには教育や倫理の再構築が必要になる.その再構築を下支えするのがメタデータ技術である.
<メタデータが牽引するICT(情報通信技術)>
このような時代背景のもと,メタデータという概念は急速に普及してきている.一部の研究者の研究対象というよりは,大衆技術になっている.それでは,なぜ今メタデータが注目されてきているのだろうか.本書は,まずメタデータがどうして広まってきたのかを,技術,標準化,ビジネスの面から概観し,その意義を解説する.さらに,技術的にメタデータをどう捉えればよいのか,あるいは標準化はどのような方向に動いているのかを述べる.また,メタデータの元祖とも言うべきダブリンコア(Dublin Core)の動きとMPEGでのメタデータの動きを対比しながら,コンピュータ処理に適したXML(eXtensible Markup Language)をベースにしたメタデータアーキテクチャの動向を紹介する.
<次世代ホームページとは?>
ウェブがインターネットやブロードバンドの普及に果たした役割は大きい.個人のインターネット利用の複数回答の調査によると,その57%はウェブの情報検索であり,1位の電子メール(58%)とほぼ同じ利用率となっている.また,日本のウェブの総ファイルのうち,70%が画像で,テキストは30%である.このためウェブは,ストレスのない情報検索サービスを提供するというブロードバンドネットワークサービスのキラーアプリケーションであった.
現在のウェブ情報検索は,ウェブページのテキスト解析とページ間のリンク解析に基づく検索技術が主流である.このような検索技術は,テキストが主体であった従来のウェブでは有効に機能していたが,画像や動画などのコンテンツには有効ではない.画像や動画,音声など多様なコンテンツを扱うためには,そのコンテンツが何を表しているかなどの意味を付加する必要がある.
セマンティックウェブは,情報をその意味に基づいて処理する次世代のウェブである.セマンティックウェブでは,対象領域の意味構造(オントロジと呼ばれる)に基づいて,情報の意味がメタデータとして付加される.例えば,絵画コンテンツの作者や作成時期に関するメタデータを用いて作品が検索可能となる.
セマンティックウェブ技術により,情報検索だけではなく,情報の編集や要約など,意味に基づく情報統合も可能となる.意味付けされるのは,コンテンツだけではない.利用者端末の種別やディスプレイの大きさなどのメタデータを用いて,携帯電話やPCへのコンテンツの配信も可能となる.さらに将来的には,利用者の位置や環境など状況に応じた情報提示も期待できる.
<情報発信文化力を向上させるセマンティックウェブ>
家計の支出構造を見ると,教育,娯楽,放送,携帯,新聞,インターネットなど情報と通信に関連する費用が家庭の支出に占める割合が,年々高まってきている.それは人と社会の成熟に応じ,衣食住への欲求,生活の安全や安定への欲求から,仲間と楽しく群れ合う連帯欲求や社会参加といった欲求へ変化したこと,また社会での存在感や情報発信といった自己表現や実現欲求の充足に対してお金を使うようになってきたことが原因と考えられる.とすると,デジタル産業はこのような自己表現や自己実現欲求を充足する構造に転換していかなければならない.
日本ではインターネット利用の多くが情報検索であるのに対し,欧米では情報発信ツールとして利用するという割合が多い.そこでこれからは,情報を享受する時代から,個人や家庭から情報発信する,あるいは情報発信できるコンテンツを制作していくことが必要となる.情報の発信が家庭や個人から行われ,知的情報生産の底辺が広がれば,必然的に情報の質が高まり,それを輸出できる.情報発信という文化力の強化こそが情報産業の国際競争力の鍵である.
その強力な手段として,次世代ホームページとしてのセマンティックウェブがある.第Ⅱ部ではメタデータを駆使したセマンティックウェブの意味と基礎,標準化などを述べる.
<動き出したメタデータ流通サービス>
世界の情報産業はコンテンツ関連の市場比率がますます増加し,設備投資からコンテンツへの投資へと流れが変わりつつある.プロのコンテンツから家庭や個人が発信するコンテンツへ,そして配信もBtoB,BtoCからPtoP(Peer to Peer)などを用いたCtoC(Consumer to Consumer または Community to Community)へと大きな変動が起きている.このような情報流通産業を活性化していくのがメタデータ技術である.
メタデータを用いたさまざまな応用サービスが研究開発され,中には商用化されているシステムもある.第Ⅲ部では,メタデータを活用した電子政府,デジタル放送,オンラインニュース配信,学術コンテンツ流通,サイエンスコンテンツ共有,デジタルシネマ流通などの具体的な取り組みについて紹介する.すでに多くのビジネスに用いられている分野もあれば,これからのビジネスに備えて標準化を進めている分野もある.
2005年12月
曽根原 登
岸上 順一
赤埴 淳一
序章 メタデータのもたらすものとは
1 膨大なデータの到来
2 セマンティックウェブにおけるコンテキストとは
3 身近なメタデータ
4 コンテンツとメタデータとID
5 誰がメタデータを作るのか
参考文献
第Ⅰ部 メタデータ
第1章 メタデータアーキテクチャ
1.1 メタデータとは
1.2 IDの種類と原情報へのリンク
1.3 リゾルブの意味
1.4 標準化の必要性
1.5 RFIDとの類似性
1.6 アーキテクチャ
参考文献
第2章 標準化の流れ
2.1 インターネット
2.2 情報の流れ
2.3 メタデータの種類
参考文献
第3章 メタデータ基本技術とその背景
3.1 制度と技術
3.2 全般的な標準化への動き
3.3 権利記述
3.4 検索技術
3.5 生成技術
参考文献
第Ⅱ部 セマンティックウェブ
第4章 セマンティックウェブの意義
4.1 セマンティックウェブの必要性
4.2 セマンティックウェブのアーキテクチャ
4.3 オントロジの役割
4.4 セマンティックウェブが拓く新たなブロードバンド社会
4.5 ブロードバンド社会の情報流通基盤
4.6 ブロードバンド社会のコンテンツと情報
4.7 ブロードバンド社会での新たなコミュニティ
4.8 意味的情報理論に向けて
4.9 おわりに
参考文献
第5章 メタデータ記述言語RDF
5.1 RDFの概要
5.2 RDFの概念
5.3 RDFのXML記述
5.4 RDFの利用例:RSS
参考文献
第6章 オントロジ記述言語OWL
6.1 OWLの概要
6.2 クラス記述
6.3 プロパティ記述
6.4 オントロジ・マッピング
参考文献
第Ⅲ部 メタデータ応用
第7章 デジタル時代のメタデータ流通
7.1 はじめに
7.2 デジタルコマースの課題
7.3 情報発信文化の形成
7.4 メタデータ流通基盤
7.5 権利メタデータとコモンズ
7.6 おわりに
参考文献
第8章 NIメタデータ流通システム NI日本ノード構築にむけて
8.1 はじめに
8.2 海外の動向と国際協力
8.3 NIメタデータ流通基盤
8.4 サイエンス情報流通基盤の例としてのNI日本ノード
8.5 NRVプロジェクト
8.6 NI基盤技術
8.7 おわりに
参考文献
第9章 電子政府
9.1 英国の動向
9.2 オーストラリアの動向
9.3 米国の動向
9.4 日本の動向
9.5 おわりに
参考文献
第10章 学術情報流通とメタデータ
10.1 はじめに
10.2 学術コミュニケーション
10.3 期間リポジトリ
10.4 NIIメタデータ記述要素
10.5 おわりに
参考文献
第11章 新聞社のメタデータ技術への対応 NewsMLを中心に
11.1 はじめに
11.2 NewsMLの日本への導入
11.3 NewsMLバージョン1の概要
11.4 新聞協会による国内標準化活動
11.5 NewsMLの実装状況
11.6 新聞界で注目されるその他のメタデータ技術
11.7 今後の展開 結語として
参考文献
第12章 サーバ型放送とメタデータ
12.1 はじめに
12.2 サーバ型放送でさらに広がる放送サービス
12.3 放送メタデータ技術
12.4 サーバ型放送を支える安全・安心の技術
12.5 教育への応用を目指すT-ラーニング
12.6 おわりに
第13章 デジタルシネマのメタデータ流通
13.1 はじめに
13.2 映画学校ネットワーク実験
13.3 Digital Cinema Gateシステム
13.4 デジタルシネマのメタデータ
13.5 おわりに
参考文献
参考URL
略語一覧
索引
目次
メタデータのもたらすものとは
第1部 メタデータ(メタデータアーキテクチャ;標準化の流れ;メタデータ基本技術とその背景)
第2部 セマンティックウェブ(セマンティックウェブの意義;メタデータ記述言語RDF;オントロジ記述言語OWL)
第3部 メタデータ応用(デジタル時代のメタデータ流通;NIメタデータ流通システム―NI日本ノード構築にむけて;電子政府 ほか)
著者等紹介
曽根原登[ソネハラノボル]
国立情報学研究所情報基盤研究系教授。1976年、信州大学工学部電子工学科卒業。1978年、信州大学大学院工学研究科修了。1978年、日本電信電話公社横須賀電気通信研究所画像通信研究部入社。ファクシミリ、画像通信システムの研究実用化、CCITT国際標準化に従事。1988年、国際電気通信基礎研究所ATR視聴覚機構研究所認知機構研究室、主幹。神経回路網システムの研究開発に従事。1992年、NTTヒューマンインタフェース研究所映像処理研究部GL・主幹。2000年、NTTサイバースペース研究所メディア生成プロジェクト部長。2001年、NTTサイバーソリューション研究所コンテンツ流通プロジェクト部長・主席。この間、手書き文字認識、気象予測、コンテンツID、コンテンツ流通の研究実用化に従事。2001~2005年、東京工業大学大学院理工学研究科連携講座客員教授。2004年4月より、NII国立情報学研究所情報流通基盤研究系教授(工学博士)。現在、デジタル創作権の表現と保護技術、インセンティブを用いたP to P情報交換技術、P to P情報資源共有技術の研究に従事
岸上順一[キシガミジュンイチ]
日本電信電話株式会社サービスインテグレーション基盤研究所、プロジェクトマネージャー、第三部門プロデュース担当プロデューサ、主席研究員。1978年、北海道大学理学部物理学科卒業。1980年、北海道大学物理学修士課程修了。1989年、工学博士。磁気記録の研究、主に薄膜ヘッドのデザインと記憶装置の設計(1980~1990年)、データベース部においてVideo‐on‐Demandの研究、動画に対する多重アクセス装置の設計(1990~1992年)を経て、1992年、境界領域研究所研究企画部研究推進担当。1994年、NTT America副社長、IP担当事業本部長。1999年、NTTサイバースペース研究所JBP J検GL、ソビP海外GL、ソ連PGL。現在、NTTサービスインテグレーション研究所部長、NTT R&Dプロデューサ、中期経営戦略室理事。研究所におけるグローバル関連、RFID、メタデータ関連のとりまとめなどに従事
赤埴淳一[アカハニジュンイチ]
日本電信電話株式会社第三部門プロデュース担当担当部長。1983年、京都大学工学部数理工学科卒業。1985年、京都大学大学院工学研究科数理工学専攻修士課程修了。1985年、日本電信電話株式会社入社。米国スタンフォード大学計算機科学科ロボティックス研究所客員研究員(1989~1990年)、NTTコミュニケーション科学研究所主任研究員(1992年)、同研究所研究企画部育成・研究推進担当課長(1996年)、NTTコミュニケーション科学基礎研究所主幹研究員(1999年)を経て、2004年、日本電信電話株式会社第三部門プロデュース担当担当部長。専門はセマンティックウェブ、ディジタルシティ、エージェント指向プログラミング(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。