出版社内容情報
《内容》 序 本邦では長い間,末期肝不全患者を適切な治療手段を持たないまま不本意ながら見殺しにしてきた.その第一の責任が我々医師にあることは言うまでもない.外国に行って私たちが学校の地理で習わなかったイタリーのパドバのような小さな町の病院でも多数の肝移植が行われている実習を見るとき,また国際学会で肝疾患の治療について討論が行われるとき,日本で肝移植が行われていないことの問題点を深く考えさせられる.この問題を真剣に直視するなら,肝疾患の治療に携わるすべての医療関係者は,一日も早く肝移植を開始しなければならないと感ずるのではないだろうか. 1989年,ブラジルにおける生体部分肝移植の開始とそれに続くオーストラリアでの成功は,肝移植を早く始めなければ医療従事者としての責務が果たせないと感じていた多くの日本人に強いインパクトを与えた.私は,同年10月に信州大学に赴任し,直ちに移植チームの編成に取りかかった.その直後の11月13日,島根大学の永末らによる日本初の生体肝移植が行われ,逐一報道されるその詳細な情報に耳を傾けながら,私たちは自らの作戦を練った.3ヵ月を文献の調査に当て,続く3ヵ月は東大に足を運んで卒業以後生体部分肝移植の研究に取り組んできた河原崎君にサルの実験を教えてもらった.島根大学のケースから学んだ点は,長時間に及ぶ初めての手術をいかに組織的に乗り切るかということだった.それまでに自分自身,12時間以上に及ぶ手術も数多く経験してきたが,それらは2,3人のアシスタントが能力を発揮してくれれば大過なく行うことができた.しかし,生体肝移植では二つの手術が同時に進行するので,さらに多くの関係者との緊密なチームワークを必要とする.それぞれの手術手技はすでに確立したものではあっても,高度な技術を連続して行い,しかもミスを犯さないことが成功の必須条件である.そこで,何が起こっても必ず代役がいてすぐに交代できる体制を整えた.東大小児外科チーム,オーストラリアのチーム,国立小児病院からは鎌田先生,国立がんセンターから高山君,台湾から陳教授が来てくださった.東京医科大学木村教授の移植チームにも手弁当で参加していただいた.このようなインターナショナルなチームが,私たちの初めての生体肝移植のために組織されたのである. 信州大学の中でも,看護部・手術部・ICU・検査部・薬剤部・輸血部・小児科・内科・麻酔科・放射線科・法医学教室と広範囲にわたる協力が得られた.このことが成功の最大の要点であったと思う.さらに,病院の厨房の方からは無菌食の欠点を補い患者である子どもを元気づけるさまざまな配慮をしていただいたし,快く献血に応じてくださった方々,高額な医療費を補う寄附を寄せてくださった方々のことも忘れてはならない.また,隣りの病棟にいた患者さんたちまでが,回復期の子どもに向かって窓ごしに手を振って盛んに励ましてくださったことも,思い出される. 本書は,このような多くの人々の努力と善意に支えられて誕生した.生体肝移植によって,死に瀕していた子どもが元気に通学できるまでになったことは大きな喜びであるが,そこに多くの人々をつなぐ絆が生まれたことも大きな成果であると,私は考えている.この絆は,移植以外の日常診療に今も生かされている.今後生体肝移植を始める医療関係者に本書がマニュアルとして直接役立つのみならず,私たちが感じた愛の絆が他の多くの施設でも形成させるよう願ってやまない.1993年8月15日幕内雅敏 《目次》 目次§1.歴史 〈幕内雅敏,松波英寿〉 a.肝移植の歴史 1 b.定義 1 c.生体肝移植の歴史 3§2.適応A.肝移植の適応と禁忌 〈宮城島堅〉7 a.肝移植の適応 7 b.肝移植の禁忌 7 c.わが国における肝移植の適応と諸問題 8 1)わが国における肝疾患の特殊性 8 2)わが国の医療事情 9 3)深刻なドナー不足 9 d.主要各疾患の肝移植適応と適応時期 9 1)先天性胆道閉鎖症 9 2)肝硬変症 11 3)原発性胆汁性肝硬変症 12 4)劇症肝炎 13B.生体肝移植の適応 〈袴田健一〉15 a.移植肝容量からみた生体肝移植の適応 16 1)ドナー肝切除 16 2)レシピエントの最小必要肝容量 16 3)日本人の標準肝重量の設定 17 b.免疫学的側面からみた生体肝移植の適応 19 c.倫理的側面からみた生体肝移植の適応 19§3.術前準備(準備・検査・管理) 〈池上俊彦〉 a.レシピエント術前準備 21 1)レシピエントの術前管理 21 2)術前の検査項目 22 3)術前準備 24 b.ドナー術前準備 26 1)ドナーの術前管理 26 2)術前の検査項目 26 3)術前準備 28§4.移植手技A.ドナーの手術 〈川崎誠治〉29 a.肝切離中の出血の制御 29 b.ドナーの肝切除 32 c.ドナー手術の結果 36 d.諸外国のドナー肝切除に関する報告 37 e.肝切除術式の決定 37B.レシピエントの手術 40 1.肝摘出 〈高山忠利,幕内雅敏,河原崎秀雄,岩中督,石曽根新八〉40 a.手技 40 1)開腹・癒着剥離から肝授動間で 40 2)肝腸吻合切離から肛門処理まで 40 3)短肝静脈から三肝静脈処理まで 42 4)流入出血管切離から肝全摘まで 43 b.工夫 43 1)肝腸吻合の解除 43 2)短肝静脈の処理 43 3)動脈門脈の切離 43 4)三肝静脈の切離 45 c.成績 45 2.肝静脈吻合 〈河原崎秀雄〉46 a.レシピエントの下大動脈の大きさ 47 b.グラフト肝における中肝静脈の走行 49 c.血管吻合法 49 1)肝静脈端端吻合の場合 49 2)肝静脈-下大静脈端側吻合の場合 50 3.門脈吻合 〈河原崎秀雄〉52 1)門脈の長軸がずれないようにする 52 2)吻合すべき血管が長すぎず,短すぎないようにする 52 3)血栓を造らないようにする 52 4)血管吻合法 53 4.肝動脈吻合 〈岩中督〉55 a.著者らの肝動脈再建の原則 56 b.実際の手技と注意点 56 1)吻合前の手技と注意点 56 2)吻合時の手技と注意点 57 3)吻合後の手技と注意点 59 5.胆道再建 〈幕内雅敏,松波英寿〉60 a.手術手順 60 1)空腸の遊離 60 2)Roux en Y脚の走行確認 61 3)肝管空腸吻合 61 b.吻合困難例 62 6.止血・ドレナージ・閉創 〈石曽根新八〉64 a.止血 64 b.腹腔洗浄 65 c.ドレナージ 65 d.閉創 66 7.術中移植片の血流評価 〈河西秀〉67 a.方法 67 b.肝静脈 68 c.門脈 69 d.肝動脈 69C.移植片の灌流,形成,保存 〈松波英寿〉73 a.グラフトの灌流 73 b.形成 76 1)肝静脈 76 2)門脈,肝動脈,胆管の形成 78 3)leakageの有無の確認 78 c.保存 79§5.術中の検査と管理 〈小田切徹太郎,小林幹夫〉A.ドナーの術中管理 81 a.術前処置と前投薬 81 b.術中管理 81B.レシピエントの術中管理 83 a.前投薬 83 b.麻酔導入 83 c.静脈路の確保とモニター 84 d.麻酔医事 85 e.循環管理と輸液,輸血の方針 85 f.麻酔管理上の問題点 87 1)前無肝期 87 2)無肝期 88 3)後無肝期 88 g.術中の検査 89§6.術後の検査と管理A.ドナー 〈橋倉泰彦〉91 1)体位 91 2)呼吸管理 91 3)循環管理 91 4)輸液管理 92 5)酸塩基平衡 92 6)ドレーン管理 93 7)感染予防 93 8)急性胃粘膜障害の予防 93 9)その他の処置 93 10)術後のチェック項目 93B.レシピエント 95 1.一般管理 〈石曽根新八〉95 a.術後早期の管理 95 1)全身管理(ICUでの管理) 95 2)呼吸管理 96 3)水分電解質管理 96 4)移植肝に対する管理 97 5)術後早期の合併症と対策 97 6)術後管理のモニター(ICU管理時のモニター) 101 b.一般病棟での管理 101 c.外来管理 102 2.免疫抑制 〈金森豊〉102 a.免疫抑制法 102 1)移植術後の免疫抑制法 102 2)拒絶時の免疫抑制法 104 3)血液型不適合間の肝移植 105 4)投与法 105 b.免疫抑制剤使用に当っての注意点 106 3.拒絶反応 〈井藤久雄,白井博之,中山淳〉109 a.拒絶反応の機序と移植肝の免疫学的特性 109 b.移植肝拒絶反応の病理 110 1)急性拒絶反応 110 2)慢性拒絶反応 112 4.感染症 〈中畑龍俊〉116 a.肝移植に伴う感染症の概要 116 1)細菌感染症 116 2)真菌感染症 116 3)ウイルス感染症 116 4)原虫感染症 117 b.肝移植後の感染症の診断と治療 118 1)細菌感染症 118 2)結核症 118 3)真菌感染症 118 4)ウイルス感染症 119 5)原虫感染症 121 c.感染症の予防 121 5.凝固系 〈原田晴久,奥村伸生,斉藤博〉123 a.脳死肝移植 124 1)術中の凝固線溶系の変動とその解釈 124 2)thrombelastography(TEG)による術中管理 124 3)術後管理 127 b.生体部分肝移植時における術中術後の凝固線溶系の変動 128 c.脳死肝移植時と生体部分肝移植時の凝固線溶系変動の差異 131 1)術中 131 2)術後 132 d.生体部分肝移植時の凝固線溶療法の目安 132 1)術中 132 2)術後 132§7.看護A.病室 〈降幡世志恵〉135 a.手術前の看護(一般病棟) 135 1)手術前の看護目標 135 2)看護の実際 135 b.手術後安定期の看護(一般病棟) 139 1)手術後の看護目標 139 2)看護の実際 139 c.ドナーの看護(一般病棟) 143 1)手術前の看護ポイント 143 2)手術後の看護ポイント 144B.手術室 〈太田君枝〉146 a.術前準備 146 b.レシピエントの間接看護 146 c.ドナー間接看護 149 d.感染防止策 150 e.直接看護 152 f.勤務体制 152C.ICU(手術後急性期の看護) 〈二木朗江〉153 a.準備 153 b.看護 154 c.その他 160 d.症例紹介 160§8.検査部の態勢 〈中山淳,太田浩良,勝山努,井藤久雄〉A.バイオプシー 161 a.生検の意義 161 b.生検の手技 161 c.標本作製法 162 1)凍結切片作製法の手順 162 2)MW固定による標本作製の手順 163 d.特殊染色 163 c.検鏡のポイント 164 1)感染症 165 2)外科的合併症 165 3)薬剤による臓器障害 165 4)原疾患の再発 166 f.病理画像転送によるコンサルテーション 166B.一般検査 〈市川徹郎,奥村伸生,中山淳,降旗謙一〉168 a.術中および術直後の検査態勢 168 b.術後の検査態勢 169 c.検査の問題点 170C.薬物血中濃度測定 〈多田昭博〉171 a.ciclosporin(CsA) 171 1)血中濃度測定の必要性 171 2)全血CsA濃度の設定 171 3)測定方法 172 4)測定試料 172 5)採血を行う上での注意 172 6)pharmacokinetics 173 b.FK506 173 1)血中濃度測定の必要性 174 2)有効治療域 174 3)測定方法 174 4)採血時間 174 5)pharmacokinetics 174 6)FK506血中濃度に影響を及ぼす因子 174D.画像診断 〈寺田克,百瀬芳隆〉177 a.胸部単純X線撮影 177 b.腹部単純X線撮影 177 c.腹部超音波検査 179 d.腹部CTスキャン,MRI検査 180 e.血管造影検査 180 f.内視鏡的逆行性胆道造影 181 g.核医学検査 181§9.生体肝移植のシミュレーションとしての動物実験A.イヌ 〈佐々木睦男〉183 a.対象および方法 183 1)対象 183 2)麻酔および術中管理 183 3)ドナー手術 184 4)移植肝灌流および摘出 185 5)レシピエント手術 186 6)脈管吻合および術中管理 186 7)術後管理および免疫抑制剤の投与 188 8)免疫抑制剤の投与法 188 b.術後成績 189 c.考察ならびに結語 190B.ブタ 〈堀哲夫〉191 a.解剖・生理 191 b.ブタの取扱い 194 c.準備 194 d.ドナー手術 194 e.バックテーブル手術 197 f.レシピエント手術 198 g.これまでの問題点 200C.サル 〈河原崎秀雄〉202 a.サルを実験に用いた理由 202 b.サルの肝の解剖 202 c.麻酔 203 d.ドナーの手術 203 e.レシピエントの手術 205 f.移植の手技 206 g.術後管理 207 h.成績 208§10.生体肝移植の倫理的問題点 〈小野慶一〉 a.生体肝移植を倫理的に肯定する立場 211 b.生体肝移植を倫理的に肯定しない立場 212索引 215
-
- 和書
- 日本詩紀本文と総索引