出版社内容情報
《内容》 第3版(全面改訂)の序文 外科医にとり術前に患者の全身状態を綿密に吟味して目的とする手術のリスクを正確に把握する事は,病巣の性状の診断や手術手技の検討にまさるともおとらない重要性を持っている.またどんなに周到な術前準備と優れたスタッフで行われた手術でも,術後に不測の合併症に見まわれて苦労する事態は外科医に宿命的につきまとう.これに対して常に最新の知識と手段で対応する必要があるが,従来ともすれば手術手技に関する議論の華やかさに比べ術前術後管理の問題は如何にも地味で裏方的色彩は否めなかった.しかし今日,手術の侵襲は年齢の制約も複雑な併存病態の制約も乗り越えて限りなく拡大の一途をたどっているものの,それを可能にしたものは手術手技以外の補助的診断,治療や患者管理法の進歩に負う所が極めて大きいと信じる. 1980年3月,東大第一外科の共同研究者らとそれまで勉強した消化器外科領域の新しい術前術後管理の問題を,中外医学社の御好意で一冊にまとめ出版した所,幸いにも御好評をいただき,3年足らずのうちに再版の機会にもめぐまれ今日に至った.しかしこの領域の医学はまさに日進月歩,1970年代の「新しい方法」も随所に平成の世には到底通用しない時代おくれの知識となった事を痛感し,約2年を費して防衛医大第一外科並びに東大第一外科の知見を中心に全面的に改訂したのが本書である. すなわちまず術前の病態評価と対策の章では,特に糖尿病・呼吸循環障害・C型肝炎を含む急性,慢性肝障害・内分泌障害などの最近の新しいリスク評価法や,栄養状態や生体防御能の解析法などを全面的に改めた.又術中術後管理の章では,各種サイトカイン登場後の生体反応の新しい考え方,IVHの製剤の開発や実施法(home-IVHも含む)をめぐるその後の展開,経腸栄養剤の現状や人工肛門の管理などを重点的に改訂した.更に術後合併症の章では,心肺蘇生法,術後呼吸障害の病態,診断並びに人工呼吸管理法,消化管内外の出血や腹膜炎,術後肝障害と肝不全などの対策,MOFやDICの重症度判定と具体的対策などに力点をおいた他,新しく術後のMRSA腸炎・急性無石胆嚢炎・GVHD様症候群・逆流性食道炎・肺栓塞などを追加した.又最近の術前術後管理の新しい武器として,血漿交換を始めとするblood cleaning therapy・出血のTAE止血・膿瘍のエコーガイドドレナージ・吻合部狭窄の内視鏡下バルーン拡張術・重症患者の経皮的内視鏡下胃瘻造設術・末期閉塞性黄疸の拡張用金属ステントを用いた内瘻術,なども具体的にとりあげた.なお新しく開発された血液製剤,抗ショック,抗DIC,抗癌,抗菌の各薬剤の特徴とその適応についても出来るだけ言及した.反対にこれらの内容を初版とほぼ同じ紙面におさめるため,初版の一部の項,並びに随所に提示した典型的自験例の経過を示すシェーマは一部を除き,それぞれ割愛することとした. 初版並びに第2版と違って今後当分の間は皆様の日常診療に充分役立ち得るものと信じる. 終りに本書の全面改訂にあたって,各臨床例の統計的整理と解析・病態の解説に御協力を賜った防衛医大第一外科の平出星夫,望月英隆,初瀬一夫,門田俊夫,田巻国義,市倉隆,柿原稔,西田正之,東大第一外科の平松毅幸,福島亮治,谷若弘一各先生,並びに防衛医大第一外科所属の吉村一克,小野聡ほか多数の専門研修生諸君に深甚の謝意を表する.1991年9月著者初版の序 手術により病巣を切除したり修復したりして疾患を治癒させる外科治療学は,一般の自然科学にみられるような奇抜な空想や天才的な創造力による飛躍とはおよそ縁遠い分野のように思われる.むしろ化学性と経験性とが適当に調和され,石橋をたたいて渡るが如く着実に進歩してゆくのが普通である.しかし一見地味な努力や工夫が,結果的にすばらしい飛躍を生み出し得ることもまたこの分野ならではの特徴のようである. 20有余年前に大学を卒業して消化器一般外科の勉強を始めた筆者は,幸いにも諸先輩のあたたかい御指導に支えられつつ手術に対する生体反応や特殊状態の手術危険度を分析し,術後に発生するいろいろな不測の合併症の治療を身をもって体験してきたが,最近およそ10年の間にこの分野で成就された進歩はまさに驚異の一語につきるといって過言ではないだろう. まず手術前後の患者に対する輸液療法と栄養の管理は,麻酔や化学療法と並び,手術を支える補助療法のいわば礎であるが,筆者が入局した頃に大勢を占めたMOORE,FDやCOLLAR,GAMBLEらの術後代謝や輸液の理論とその実際は,1960年代に入ってつぎつぎと書き換えられていった.DUDRICKらの提唱に始まる経中心静脈的高カロリー輸液は,WRETLINDの脂肪乳剤の開発と相まってそれまでの外科における栄養管理の常識を破り,消化器外科に宿命的につきまとう縫合不全患者の救命に測り知れない貢献をしたばかりでなく,食道癌・幽門狭窄・イレウス・腸瘻などの外科的治療を容易にした.またSHIRES Tの細胞外液脱落説とそれに基づく輸液の理論は,術後の一般的な輸液療法に対し質的にも量的にも決定的な再検討をもたらしたし,ASTRUPらのmicromethodeの開発とbaseexcessの概念の確立は,従来とかく外科医に難解な酸塩基平衡の理解を助け,不均衡の是正を容易にし,日常の臨床でルーチンに応用される動機となった. 一方,1960年代の外科医にとって閉塞性黄疸に対する手術は一種の鬼門であった.すなわち高度の閉塞性黄疸患者に手術を行った場合,姑息的であれ根治療法であれその約半数近くは術後消化管出血,肝腎症候群,ショックなどの合併に悩まされた.その特有な病態は外科医にとり興味の尽きない一面をも有していたが,PTCDが普及した今日ではもはや稀な合併症となっている. とりわけ従量式人工呼吸器の登場とそれに基づく新しい呼吸管理は,これまでは対症的な理学療法に頼らざるを得なかった術後肺合併症の対策を一変させつつある.薬物療法の分野でも,抗ショック薬・抗不整脈薬といった循環の安定化や心肺蘇生に役立つ薬剤はもとより,免疫療法・化学療法・酸素療法・内分泌療法などの分野で着実な前進がみられた. これらの成果は,内視鏡など診断学分野の進歩とも相まって手術適応の決定基準や特殊状態の評価を著しく多様化し,数年前まではheterodoxとされていたこともやがてortho-doxに変りゆく経過を具に体験してきた.これらをできるだけ生かしup-to-dateの知見や管理法に照らして“術前の特殊状態をどのように把握し,術後の合併症に如何に対処すべきか”をまとめることにした. その際にとくに注意を払った点は,まず各項目毎に自験例の中から典型的で示唆に富む症例を選んでそれを具体的に示し,多忙な実地臨床家に最新の知見と実祭の操作や処置を要領よく提供するよう心がけ,さらに病態生理学的知識も内外の文献をできるだけ参照してそれを簡潔に整理し,全体の理解に役立てようと意図したことである.そうして最近の書物にありながちな,多数の執筆者による分担や臓器別タテ割の記載につきまとう不統一,重複をできるだけさけるようにし,そのために生じる不便さはその都度参照頁をくりかえし指示して防ぐよう心がけた. 病室の若い外科医の日常を眺めていると,術前に手術の対象となる局所病変の診断学や手術手技には熱心な興味を示しても,術前の特殊状態の評価や対策,surgical riskの判定などはあたかも外科とは別事のように他科の専門医の意見に盲従する傾向がみられることを残念に思う.はじめにも述べたように外科という治療学は,手術によって病変を切除,修復し治療の目的を達する分野であるため,手術手技の方法論や成果が外科医にとって魅力的であることは当然であり,そのはなばなしさのかげに地味な手術前後の管理がなおざりにされワキ役に甘んじてきた感が従来は否めなかった.しかし消化器外科全般の手術成績を今日のようにたかめたものは,手術手技以外の補助的治療に負う所が極めて大きい. 以上のような実情に鑑みても,本書が卒業して初めて外科病棟に勤務する研修医から,筆者と同様に数々の辛苦を味った中堅スタッフにいたるまで幅広い層のお役に立ち得るものと信じる. 稿を終るにあたり終始御指導を賜った恩師,草間悟教授,石川浩一名誉教授,そして林四郎信州大学教授,並びに教室の諸先輩・同瞭に深甚の謝意を表したいと思う.1980年1月東京大学第一外科研究室にて著者 《目次》 目次I.手術の適応 1 1.手術の適応とは 1 2.手術の適応を決定する原則 1II.術前患者の診察と検査 5 1.問診 5 2.理学的所見とvital sign 5 3.検査室検査 6 4.主な消化器疾患の術前検査の概略 7III.術前の特殊状態の評価と管理 13 A.心疾患の併存する患者 13 1.手術と心機能 13 2.術前の心機能評価 13 3.手術危険度の評価と対策 17 4.心疾患の手術危険度と対策 19 5.心疾患併存患者の管理 21 B.呼吸器系異常患者 23 1.術前呼吸器系異常の評価 23 2.術前呼吸機能からみた手術危険度予測 25 3.呼吸器系異常患者の術前管理 29 4.術中管理 30 5.術後管理 30 C.脳血管障害の既往歴を有する患者 32 1.脳血管障害患者のsurgical risk 32 2.術前術後の具体的な管理 32 3.卒中発作後急性期の緊急開腹術 34 D.高血圧 35 1.高血圧の分類 35 2.高血圧と臓器合併症 36 3.高血圧に対し術前に行う処置 37 4.高血圧患者の術中,術後管理 39 5.とくに褐色細胞腫の術前術後管理 39 E.肝機能障害患者 43 1.急性肝炎,慢性肝炎活動期患者 43 2.慢性肝障害併存患者 44 F.閉塞性黄疸患者 57 1.閉塞性黄疸の病態生理 57 2.閉塞性黄疸患者の術後合併症と手術危険度 61 3.閉塞性黄疸の診断手順 63 4.閉塞性黄疸の管理 64 G.腎機能障害患者 69 1.腎機能に対する手術の影響 69 2.慢性腎機能障害の全身への影響 70 3.腎機能検査とその評価 70 4.慢性腎機能障害の病期分類 72 5.腎障害患者の術前,術後管理 72 H.内分泌異常患者 75 1.副腎皮質機能不全 75 2.甲状腺機能低下症 79 3.甲状腺機能亢進症 80 I.血液疾患合併患者 82 1.貧血 82 2.血小板低下・出血素因 83 3.白血球減少症 87 4.血漿蛋白低下例 87 J.糖尿病ならびに耐糖能異常 88 1.手術侵襲と糖代謝 88 2.糖尿病と耐糖能異常の分類 89 3.糖尿病の診断と必要な検査 90 4.術前検査のすすめ方 90 5.術中,術後管理の実際 91 6.救急手術をうける糖尿病患者の管理 93 7.糖尿病患者にみられる特殊な合併症 93 K.肥満 98 1.肥満の定義と原因 98 2.肥満の判定ならびにその表現法 98 3.肥満患者のsurgical risk 99 4.肥満患者の手術手技と術中,術後管理上の注意 99 L.低栄養・低蛋白血症患者 101 1.低栄養の病態 101 2.低栄養状態の評価 102 3.低栄養と手術危険度 105 4.低栄養の術前対策 107 M.脱水症 109 1.原因 109 2.症状 110 3.治療 111 N.酸塩基平衡異常 112 1.必要な検査とその解釈 113 2.異常の実際 114 O.電解質異常 118 1.ナトリウム(Na) 118 2.カリウム(K) 122 3.カルシウム(Ca) 127 4.マグネシウム(Mg) 130 5.リン(P) 131 P.妊娠 135 1.妊娠に対する開腹手術時の問題点 135 2.妊娠手術例の管理 138 Q.ショック状態の患者 141 1.ショックの分類と開腹手術の適応となるショック 141 2.ショック症状とショックの重症化(悪循環) 143 3.ショック患者の検査と重症度判定 144 4.ショック患者の治療 147 R.高齢者 155 1.高齢者の臓器機能や代謝の特徴と管理 156 2.高齢者外科の進歩と今後の問題点 159 S.宿主防御能低下患者 161 1.感染に対する生体防御機構 161 2.生体防御能低下をもたらす病態 163 3.生体防御能の評価 165 4.生体防御能低下の対策 167IV.手術直前の最終的処置 175V.術中術後の管理 179 A.手術直後の患者管理 179 1.回復室やICUでの管理 179 2.一般病棟帰室後の管理 180 B.手術侵襲と生体反応 184 1.生体反応の決定因子 184 2.生体反応の惹起機序 185 3.侵襲時の臓器,系の反応 192 C.術前術後の輸液療法 199 1一般の輸液 199 1.外科における輸液理論の変遷 199 2.体液の分画とその調節機構に関する基礎知識 201 3.輸液製剤とその特徴 202 4.輸液の実際 210 5.特殊病態下の輸液 213 2高カロリー輸液 224 1.概念とその歴史 224 2.実施方法 225 3.高カロリー輸液の適応と合併症 229 4.高カロリー輸液の今後の問題点 在宅IVHを中心に 235 3成分輸血剤ならびに血液代用剤 237 1.赤血球成分輸血 237 2.血小板成分輸血 238 3.顆粒球減少症に対する輸血 238 4.血漿製剤 239 5.血液代用例 241 D.手術前後の経管栄養 242 1.経管栄養法の種類 242 2.経管栄養の特徴 242 3.経管栄養の適応 243 4.経管栄養法の実際 243 5.経皮的内視鏡下胃瘻造設術 243 E.創傷の管理 247 1.創傷の基本的な治癒過程 247 2.創傷治癒に影響する因子 251 3.創の局所療法 253 4.人工肛門の術後管理 257VI.術後合併症と対策 265 A.体温と発熱 265 1.体温調節機構 265 2.発熱反応に影響する因子 266 3.術後の体温とその測定法 266 4.術後発熱の原因と発熱時期 267 5.術後の発熱治療の是非 268 6.発熱対策 268 B.悪性過高熱 269 1.症状 269 2.検査所見 270 3.発症の予測とトリガー 270 4.早期発見と発症後の治療 270 C.術後高血圧 272 1.原因 272 2.治療 273 D.術後の疼痛とその対策 274 1.術後疼痛の種類と鑑別を要する病態 274 2.術後疼痛に対する鎮痛薬投与の原則 274 3.鎮痛薬の種類 275 4.とくに鎮痛薬の硬膜外投与法について 278 E.術後心不全 279 1.術後心停止 279 2.術後心不全 283 3.術後心筋梗塞 285 4.術後不整脈 286 F.術後呼吸不全 288 1.術後呼吸障害の病態生理 288 2.術後呼吸障害の分類とその原因 290 3.呼吸不全の診断 294 4.術後呼吸不全のベッドサイドモニター 296 5.術後呼吸不全の予防対策 301 6.術後酸素療法 303 7.術後呼吸不全の処置と治療 305 8.予防的人工呼吸管理 308 9.人工呼吸管理 310 G.術後脳血管障害 320 H.手術後の精神障害 323 I.術後急性腎不全 326 1.発生機序と分類 326 2.腎不全でみられる病態と合併症 327 3.診断 328 4.治療 330 J.術後肝障害ならびに黄疸 337 1.最近の術後肝障害の発生実態 337 2.術後肝障害の誘因 339 3.術後黄疸(高ビリルビン血症) 341 4.Sepsisと肝障害 術後肝障害の臨床的意義の考察 342 5.術後肝障害の対策 肝不全を中心に 346 6.血漿交換療法について 348 K.手術とDIC 349 1.DICの概念と病態生理 349 2.DICの症状と診断基準 350 3.消化器外科手術とseptic DIC 352 4.DICの治療 353 L.術後の吃逆,悪心と嘔吐 355 1.吃逆 355 2.悪心と嘔吐 357 M.術後急性胃拡張 361 1.急性胃拡張の発生機序 361 2.術後急性胃拡張の症状と診断 362 3.術後急性胃拡張の予防と治療 362 N.術後の排尿障害と尿路感染 364 1.蓄尿および排尿の機構 364 2.術後尿閉 365 3.術後尿路感染症 371 O.手術創合併症 373 1.手術創感染 373 2.術後腹壁創 開 376 3.診断・予防・治療 377 P.術後消化管内ならびに腹腔内出血 378 1.出血の部位による分類 378 2.術後消化管出血の緊急処置 381 Q.消化管手術後縫合不全 385 1.縫合不全の頻度と治療成績の変遷 385 2.縫合不全の原因に対する考察 387 3.徴候と診断 388 4.治療 390 R.消化管の術後通過障害 392 1.術後腸管麻痺 392 2.術後のイレウス 394 3.吻合部通過障害 398 S.胆道系の術後感染 400 1.胆汁性腹膜炎 400 2.上行性胆管炎 401 3.胆道加圧によるcholangiovenous reflux 401 4.術後急性無石胆嚢炎 401 T.術後の静脈血栓症と肺塞栓症 403 1.静脈血栓症 403 2.肺塞栓症 406 U.術後のショック 408 V.術後逆流性食道炎 410 W.術後GVHD様症候群 412 1.GVHD 412 2.術後GVHD様症候群 412 X.術後MRSA腸炎 414 1.抗生物質起因性腸炎と術後MRSA腸炎 414 2.術後MRSA腸炎の自験例 415 3.病態と対策のまとめ 416 Y.消化器外科術後MOFの病態と治療 418 1.MOFの概念とその対象臓器 418 2.MOFの発生機序 418 3.診断基準ならびに重症度評価 422 4.消化器外科におけるMOFの実態とsepsis 424 5.予防 424 6.治療 426VII.化学療法 439 A.外科感染症に対する化学療法 439 1.基礎知識 439 2.消化器外科における起因菌 441 3.細菌学的検査 443 4.抗菌薬の投与法 444 5.抗菌薬投与の実際 448 B.悪性腫瘍の化学療法とBRM療法 455 1.主な制癌薬とその特徴 455 2.副作用とその対策 460索引 463000000