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出版社内容情報
《内容》 今日,分子生物学の理解なくして疾患の病態,病因を理解することが出来なくなっているが,本書はその神経領域の問題を平易に解説した入門書である.現在確立されている分子生物的方法の意識,手技を解説し,それを用いることによって遺伝子異常が明らかにされた神経系の疾患について解説し,更にこの分野の遺伝子診断,遺伝子治療の現状と方向や脳腫瘍の癌遺伝子,癌抑制遺伝子の問題を述べている.最もわかり易く,手軽に最新の知識を学ぶことが出来ることを目的とした書である.序 著者が医学部の学生であった1970年代すでに遺伝,分子生物学の講義は存在した.ワトソンがDNA2本鎖構造モデルを発表したのが1953年であるから至極当然と思われる.しかし,現在のように生化学,免疫学の講義が分子生物学を中心に展開するのではなく,細菌学,生化学の講義で,極一部分ふれるにすぎなかった.私自身が遺伝子に興味をもったのは残念ながら講義ではなく,学部3年生の時に街の書店で何気なく手に取って読んだワトソンの“二重らせん”(中村桂子訳)であった.この“二重らせん”は,彼がクリックとともにノーベル賞を受賞するまでのポーリング(同時期にノーベル化学賞を受賞)との熾烈な学問の争いを扱ったノンフィクションである.それまで,著者は,自然科学者というのは功や賞を求めず赤貧洗うが如き生活をし,唯一の真実を探究する聖職者の姿を思い描いていたからである.特に,その下りの中で「このまま研究を続けて名もない地方の大学の教授になるよりノーベル賞を受賞した自分の姿の方がはるかにすばらしい」というワトソンの本音がある.正直いって,著者は愕然とした.しかしこのドロドロした野心家の研究者集団をスタンフォード大学留学中にいやというほど見る機会があった.逆に,エコノミックアニマルとまでいわれて戦後,経済大国となった日本が科学研究に関しては謙虚すぎるからかもしれない.この大きな理由は,やはり日本人が英語を得意としないことに起因するからであろうか? さて,遺伝学,分子生物学の全てを理解したいと考えるならワトソンの“Molecular Biology of the Gene”とマニアティスの“Molecular Cloning”を全て読めば十分であろう.しかし,著者もちゃんと読んだかといわれると答えは「ノー」である.まず遺伝学の教科書のほとんど全てがメンデルの遺伝の法則,染色体の数の話などでスタートする.このことが重要であることは著者も十分認めるが,最初の20~30ページで興味が尽きてしまうのである.本書を書くきっかけは昨年,中外医学社から刊行された“Annual Review 神経 1995”に著者が「遺伝子治療の現状と将来」という項を書く機会を与えて頂いたからである.その後,同社の荻野氏が来訪され,「神経病をテーマにして研修医や初学者向けに分子生物学の入門書を書いてくれませんか?」と単行本執筆の依頼をうけた.「私は,脳神経外科医で,研究も主に悪性脳腫瘍に対する免疫療法で,分子生物学は,スタンフォード大学留学中に少し勉強したにすぎないので少し荷が重すぎます.」とお断りしたのであるが,荻野氏曰く,「現在までに刊行された書籍,雑誌のほとんどが分担執筆で,神経疾患の遺伝学の1つ1つの疾患についてはよく書かれているが,多くの読者が通読してどうも全体像がよく促えられない」という意見が多いとのことである.これは換言すれば神経,筋疾患の遺伝子解明が高度のレベルで進んでいるということかもしれない.沢山の著書の中でも高久史麿編“遺伝子病入門”(南江堂),阿部直生編“遺伝子と日常の病気”(医学書院)はよく書かれており大学院生の講義テキストにも使えるすばらしい書と思われるが,そうした印象は否めない.そこで,氏の意向をくんで著者は浅学をかえりみず,神経内科,脳外科の研修医が当直室のベッドで寝転んで読んでも理解できるよう平易に解説する書を書こうと決心した. 最後に,この書を書くにあたり,筋ジストロフィーの荒畑喜一博士,家族性アミロイドポリニューロパチーの荒木淑郎博士を始め,沢山の日本人研究者が神経病学の遺伝研究で輝かしい業績を上げておられることを今さらながら痛感し,同じ日本人として嬉しく思う反面,自らの非才を恥じ入る次第である.この書を書く機会を与えて頂いた中外医学社の荻野邦義氏,また著者の悪筆にめげることなくワープロ入力して下さった美人秘書,三浦久美子女史に深謝致します.はじめに 遺伝子病とは,遺伝子,つまりDNAの突然変異によってアミノ酸配列に異常を生じた疾患群を呼称する.代表的な疾患にβ-サラセミア,プリン代謝異常症(Lesch-Nyhan)等がある.しかし,細胞の骨格を構成するのがタンパク,ペプチドであることは自明の理であり,このタンパクの図面となっているのがDNAであるとすると,現在私達が診断,治療を行っている疾患で,遺伝子異常が絶対に関与しない疾患はあるであろうか?現実に糖尿病のようにおよそ遺伝子の関与がないように思われた疾患においてもDNAレベルでの解析が進んでいる.癌においても同様で,大腸癌に於ける多段階発癌説に示されるように最初は,良性のポリープであったものが紫外線やその他の環境因子によって癌遺伝子が活性化されたり,また癌抑制遺伝子が不活性化され,生体の監視機構から逸脱した“立派な”癌細胞に成長してゆく.このことからも多分,近い将来,ほとんどすべての病気が遺伝子異常によるものであることが明らかになると思われる.それもヒトゲノムプロジェクトが完成する時期と一致するであろう. 最近「遺伝子治療」という言葉をよく耳にするし,実際アメリカに遅れること5年いや10年,日本も厚生省に諮問委員会ができ,癌に対する最高の治療法としての期待が高まっている.確かに遺伝子治療は,先に述べたように人間の疾患がDNAレベルでスタートすると考えると理想的な治療法と思われる.私達臨床医が現在行っている治療は,DNA異常によって生じた,タンパクレベル,いやそれ以降のタンパク異常によって生じた生体の機能異常を少しでも正常なレベルに戻そうとする“症状治療”であろう.特に,著者の属する外科学は,DNA異常で自律性に増殖した脳腫瘍が大きくなりすぎて脳圧が上がり,激しい頭痛や脳神経麻痺を軽減するためメスで切除しているに過ぎないかもしれない.また,内科医は,血糖値が上がりすぎて,目,心臓,腎臓に負担がかかるので,インスリンを投与して血糖をコントロールしているだけかもしれない.しかし,だからといって内科医や外科医の治療は,遺伝学者の将来行う遺伝子治療に,はるかに劣っているとはいえない.遺伝病が今日DNAレベルで解明されたのは臨床医がこれらの疾患を何十年も何百年もつぶさに観察してきたことに起因するからである.1994年9月30日号のサイエンス誌に米国ヒトゲノムプロジェクトの班長であるコリンズはヒトゲノムの中でタンパクを合成している3~5%の推定10万個の染色体の連鎖マッピングは予定(2005年)以前に終了する可能性を示唆した.このヒトゲノムプロジェクトは,DNAの2重構造を明らかにしたワトソンらが中心になって莫大な費用をかけスタートした.つまり,確実に21世紀はDNAで疾患を診断し,治療する時代であろう. 本書では現在確立されている分子生物学的手法,サザンブロット,ノーザンブロット,PCR等の代表的な手技を解説し,各々手技を用いて,遺伝子異常が明らかになった主な神経病を解説した.しかし,これらの分子生物学的手法は,各々組み合わせて用いることで遺伝子診断が可能であるわけで,特にノーザンブロットのようにその中に盛り込まれた疾患がこれのみで診断確定されてはいないことに留意して頂きたい.さらに,各々神経病を理解する上では他の教科書を熟読されることをお薦めする.後半の章では,著者の専門とする脳腫瘍,癌の癌遺伝子,癌抑制遺伝子さらにこれに関連した遺伝子治療に関して解説を加えた. 《目次》 目次はじめに 1第1章 サザンブロット法 3 A.サザンブロッド法とは 3 B.方法の概略 4 C.サザンブロット法によって遺伝子診断された疾患 7第2章 RFLPによるDNA解析 14 A.RFLPとは 14 B.PCR-RFLP法 16 C.PCR-SSCP 18 D.RFLPによって遺伝子診断が可能となった神経疾患 19第3章 ノーザンブロット法 34 A.ノーザンブロット法とは 34 B.Run off transcription法 37 C.ドットブロット法 38 D.SIマッピング法 38 E.cDNAクローニング 41 F.ノーザンブロット,cDNAクローニングと遺伝性神経疾患 46第4章 ウェスタンブロット法 50 A.ウェスタンブロット法とは 50 B.方法の概略 50 C.AIDSウイルス抗体の同定 52第5章 パルスフィールドゲル電気泳動法 56第6章 DNAシークエンス法 59 A.マクサム-ギルバート法 60 B.ジデオキシ法 61 C.遺伝子病のDNA診断:点変異検出法 64 D.放射線同位元素を使わないシークェンス法 66第7章 PCR法 87 A.PCRの原理 88 B.PCRの応用 91第8章 神経系腫瘍に於ける癌遺伝子,癌抑制遺伝子 109 A.多段階発癌説 110 B.細胞癌化遺伝子 112 C.染色体異常,再構成と癌遺伝子 113 D.癌抑制遺伝子 114 E.遺伝子異常が研究されている癌腫 120第9章 遺伝子治療の現状と未来 123 A.遺伝子治療とは? 125 B.遺伝子治療の戦略 125 C.安全で有効なベクター 127 D.遺伝子治療の現状 132 E.癌に対する遺伝子治療 135 F.遺伝子治療の問題点 144 G.遺伝子治療の将来 145文献 146索引 154