内容説明
「アホウドリを救え!いますぐ核実験をやめろ!」少年ニールはタヒチ沖に浮かぶ島へ向かうデモに参加していた。運動の中心となる四十代の女医、ドクター・バーバラに惹きつけられたのだ。初めは普通の環境保護運動だった。だが、島に居すわった彼らに世界中の注目が集まったときから、なにかが狂いはじめた。楽園の果てに見いだされたものは?現代の予言者バラードの問題作。
著者等紹介
増田まもる[マスダマモル]
1949年宮城県生まれ。早稲田大学文学部中退。英米文学翻訳家(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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催涙雨
39
バラードの作品では多くの場合、一部の人間の異常性をある種の恒常的なものとして、そこにあることがさも自然であるような達観した書き方をしていることが多いように思います。ハイライズでは当然のようにみんな凶暴になっていくし、クラッシュでは機械と性的衝動を結びつけるようになる。本作ではバーバラのもとにカルト的な賛同者が集まる。発想としてはこの状態が先にあって、それを逆引きしてプロセスを作っているような創作ならではの強引さを読んでいて毎度感じます。なので現実味という観点からいえばあまり印象は芳しくありません。ではニュ2022/01/29
roughfractus02
7
二項の組み合わせは多様性を生み出す。遺伝も進化も二項を組み合わせる環境の変動を受け入れて多様になる。が、変動を闘争と見なすと、闘争なしのユートピアが夢想され、環境の変動が二項の一方に固定される。二項が内/外から始まる対立関係に変容すると、排除のための新たな闘争が始まる。アホウドリ保護から始まる環境保護運動が孤島内で閉じで外を作ると、固定した対立関係はさらに島内の男女の性の二項に憑依して内への無限後退を始め、リーダーの女医とそのコミュニティの狂気を触発する。同時に、この無限後退は死の欲動を核に見出すようだ。2020/11/09
澤水月
6
凄い面白かった! アホウドリ保護活動がまさか阿鼻叫喚、狂気の地獄絵図に変わるとは… 刊行から遅れて読んだが、オウムの悪夢が再び思い出され和歌山県太地町でのイルカ漁ドキュメンタリーが話題を呼んだ昨今読むとまた妙にリアルにぞくりとさせられる。2012/06/27
rinakko
5
イギリス人女医の孤独なキャンペーンから始まった環境保護活動。核実験場であるサン・エスプリ島で毒殺されているアホウドリを救うためのもの、であったが…。意図されたものの最終的な形は用心深く秘され、そこへ向う歩みはあくまでも緩い。その緩さこそが怖ろしい周到さでもあるのだ。狂気と暴力に蝕まれていく理想郷と、ドクター・バーバラの、野蛮で凄惨な美しさと言ったらもう。バラード好きです、もっと読もう…。2009/03/30
なっぢ@断捨離実行中
4
ユートピアと紙一重のディストピアを描くいつものバラードだが、相模原の事件を経験してしまった後に読むと笑えなくなるから困る。もちろん女医の「倒錯した倫理観」と「ネトウヨまとめブログ的猥雑さ」の違いはあるが、優生思想は21世紀の今になっても決して死んではいないのだと改めて認識した。物事の相対性を強調するだけではどうにもならないことも。2016/08/13