内容説明
人びとは、あの金色に輝く亜麻のように、その人生の布を綾織ってきた。無告の民の営々とした暮らしが人間の歴史を作ってゆく。東アルプスの小さな村Maria Luggau。そこに沢蟹のようにひそやかに生きた人びとの600年の歳月がある。この物語はその人びとへの敬虔なる讃歌である。そしてまた、私たちが必ずしもヨーロッパを知ってはいないことを知らせる。何を食べ、何を着て、どこに住んでいるのか? かれらは家族を愛しているか? このいとしきものに幸いあれ!
目次
アルプスの谷間に声が聞こえる。
ヨゼファおばあさんの半生と時代―だいじょうぶ。夜中にはだれも飢え死にしないんだよ。
世紀を越えて―テレジアおばあさん―台所では肉も壁も天井も、人間だって燻されちまった。
女と仕事―亜麻の咲き輝いて花嫁あり。
ザーラッハ・600年の歳月―ご先祖さまはどうしてこんな高い所に家を建てたのだろう。
1960年代・進歩への懐疑―いまの時代が悪いと言うのではない。しかし、昔尊かったことが、いまは打ち消されてしまった。
村人となったクリスチーネ先生―この村の人はよく言えばしっかり、悪く言えば頑固。
ふたりの貯金“ボルツァーノ”―畑に麦が立っている間は踊ってはいけない。
元ナチス親衛隊員フランツの挫折と再起―森へ呼びかけると、そのようにこだまが戻ってくる。
そうだ、それがわれわれの人生だった。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
人生ゴルディアス
6
よかった。『中世東アルプス旅日記』の訳者が、アルプスの山奥にある現地のパン文化を調べる過程で交流した村の人々の生活史。インタビュー当時が1980年で、その時の高齢者たちにはなんと第一次大戦前生まれがいる。ヒトラーのSSに所属していた老人の、戦争時代を肯定的に懐かしむ話は『セカンドハンドの時代』を想起させる。村の高齢者は中世と変わらない生活と現代的生活の両方を経験した最後の世代。びっくりするほど中世は最近まで残っていたのだ。あと、著者の教養がすごくて文章が雅です。2022/11/18