内容説明
サム・シェパードの『モーテル・クロニクルズ』は1982年の11月にサンフランシスコのシティ・ライツ・ブックスから出版された。詩と短い散文のコレクションで、そのそれぞれの末尾に、それが書かれた日付と場所とが記されている。最も早い日付は1978年8月で、最も遅い日付は1982年5月17日である。この4年間はサム・シェパードにとって、劇作家としての活動に加えて、映画への出演がめっきり増えた時期で、サンフランシスコ郊外の自宅とテキサスやシアトルの撮影現場との間を行ったり来たりするモーテル暮らしがつづいた。そしてその間にいろいろな場所で書きつけられたメモが、そのままこの本となった。題名の『モーテル・クロニクルズ』にはそのような意味がこめられている。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ミツ
14
劇作家にして映画俳優たるサム・シェパードの1978年から1982年までの4年間に綴られた自伝的回想録。挿絵のように挿入される写真と、短詩と、唐突に始まって唐突に終わる散文の断章がバラバラの時系列で並べられている。余計なものを削ぎ落した最小限の言葉の連なりから強烈な余韻を残すような文章はヘミングウェイというかデニス・ジョンソンを思い出した。テキサスの荒野の情景、乾いた死と暴力、家族との平和なひととき…。荒涼とした原野を生きる自由なカウボーイの姿こそ、アメリカ人の心の原風景なのかもしれない。2017/08/06
瀬門春壱
2
「恋人に借りたんだ」と言って、Leeはこの本を僕に渡した。 「掘り出し物さ。彼女はこういうのを見つけてくるのがとても上手い。優れた警察犬のシェパードみたいにね」 どうもありがとう、と礼を言って本をめくると、ページが千切られている。 「これは? トイレット・ペーパーがなかったのか?」 「ああ、お気に入りのページを破ったんだ。ほら、こんな風に。だから安心してこの本を貸せるってワケ」 Leeが破られたページを片手にひらひらさせながら笑っていると、チャイムが鳴った。 「彼女だ」 Leeはそう言ってウインクした。
Nepenthes
0
愛読書。タイトルの響きに惹かれて手に取ったのが出会い。以来、手放せない。映画『パリ・テキサス』はこの本に触発されたヴィム・ヴェンダース監督が著者であるサム・シェパードに脚本を依頼して作られた。荒涼としながらもどこか温かみのある文体、孤独の愉しみを淡々と独白するような魅力的な短編・散文・詩の宝庫。口数の少ない男の心の中で育まれ磨き上げられた宝石を、一つずつ取り出してそっと並べたかのよう。挿絵の写真もとても良い。2021/10/12